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向けられた銃口


ぱしゅん、と大きな音がして、『名前』が間抜けな声を発した。驚くほど俊敏な動きでベンチから立ち上がり、走って朝比奈さん(大)と距離を開ける。
朝比奈さん(大)は先ほどまでの妖艶な笑顔はどこに消えてしまったのやら、いっそ恐ろしいほどの無表情だ。小ぶりの拳銃を右手に構えたまま、冷たく『名前』を見下ろしている。
一方の俺の大きく開いた口には、背後から伸びた腕に覆われていた。俺があんぐりと口をあけたその瞬間、隣の名前が機転を利かせ、俺の口を塞いだのだ。やめろ、と間抜けに篭もった声が木々の間にまぎれて消えた。
朝比奈さん(大)は悲しそうに笑うと、薄い紅を引いた唇を震わせた。避けないで、と、無理な注文をする。

「あの、朝比奈さん。私の認識違いという可能性を持って聞きます。それは…、なんですか?」

言葉の端々が震えている『名前』の質問に、朝比奈さんは今度は無邪気な笑顔に切り替えて返答した。

「見ての通り、銃です。ただし、この時代のものとは構造からして違うから、高性能ですけどね。サイレンサーなしでも音がしません、空薬莢も落ちません」

それは、勿論未来の銃器なんだろうが、朝比奈さん(大)の住む時代は戦乱の世だったりするのか?そんな銃器が出回ったらえらいことになるぞ。
それはエアガンですかと問いかける『名前』に、朝比奈さんはことんと首を傾けた。この時代のエアガンの約五倍の威力と言っても過言では無いでしょうね、と空恐ろしいことを口にして、ぴくりとも照準をずらさない右手をちらりと一瞥する。

「…ごめんなさい。大人しく当たって。わたし、そこまで銃の腕はよくないの」

「心からお断りさせていただきます……!」

俺でもそう言うだろう、そんな台詞を口にして、『名前』は向けられる銃口から体をずらした。カチンと軽い音がして、ずれた頭にまた照準が当たる。シュパン、と空気を裂くような音がして、ついでに『名前』の頬の皮も裂けた。ああ、これが。
ゆっくり、俺の口から名前の腕が離れていく。白い生地が若干唾液で色を変えていた。汚くしてごめんな、と心の中で呟いて、目の前の事態に集中することにする。

「朝、比奈さん」

恐らくは、本当に傷がついたことでやっと自覚したのだろう。俺だってきっとそうに違いない。朝比奈さんが、成長した朝比奈さんが、自分の命を狙うわけがないと、心のどこかでは思っていたのだろう。絶望に打ちひしがれたような表情で、『名前』は力なく呟いた。

「みくるって呼んでくれていいよ。昔はそう呼んでいたでしょう?」

一方傷つけた本人は、かけらも悪びれていない表情で飄々とそう言う。信じられない。ポカンと開いたまま閉じてくれない口に、生温い空気が入り込んだ。

「………本気で、」

乾いた喉を酷使しているような、かすれた声だった。ほんとうは、うそよ、と(ややこしいが、そう言ってもらえたらどれだけ幸せだっただろう)言ってくれることを期待していた。しかし、朝比奈さんは申し訳無さそうに俯いた、だけだ。



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