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向かう先は公園


少し急ぎ足でコンビニに背を向けて走り、光陽園駅前公園のベンチを目指した。最初に三年前、つまり今、に来たとき、公園のベンチで目を覚ました俺に朝比奈さんは確か現時刻は午後九時頃、と言ったはずだ。
そんなことよく覚えてるねえ、と名前は感心したようだが、人間切羽詰れば結構いろいろ出来るもんだ。俺だって、日常のふとした瞬間や、ハルヒにどつかれている時には、思い出しもしなかっただろうよ。
今の時刻は八時過ぎ。三十分も走ればここからそこまではなんとか間に合いそうだ。ただでさえ暑い服を着ているのだし、できれば運動はしたくないのだが、仕方ない。
なんとしてでも、朝比奈さん(大)かマンションにいる長門のどちらかに接触しなければならなかった。あるいはその両方に。そうなると選択肢が二つに増えるのだが、今はこちらに行くしかあるまい。
恐らくあの、部室での名前と同じような、女教師みたいな恰好をした朝比奈さんなら。きっと彼女なら、俺たちのことをわかってくれる。ペースを上げて、公園に急いだ。


その公園は駅前にほど近く、恰好の集い場になりそうな穴場なのだが、今は周囲の人通りが少なかった。夜という時間帯のせいだろうかとも考えたが、若い連中がこぞってこんなところにたむろっていることだってあるのだ。何故だろう。七夕だからだろうか、なんてことを考えながら俺はふるふると、額にへばりついた前髪を払った。
あからさまに登場するわけには勿論いかないので、障害物を探して、陰に隠れるようにして歩いた。公園を囲うブロック塀に沿ってゆっくりと動く。塀の高さは俺の腰程度だが、そこから上は俺の背丈かそれよりも少し高いくらいの、金網になっていた。
案外スケスケかとも思われるが、周囲に定間隔で樹木が植えられているから、俺たちの姿がばれるようなことはないだろう。昼ならなんとなくばれるかもしれないが、今は木と、木の陰と、夜の闇が隠してくれる。
あの時俺と名前が目を覚ましたベンチの場所を必死に思い起こしながら、時折振り返っては、名前の所在を確認した。どうにもいけない。これから会いに行く朝比奈さんは俺にとっての救世主だが、後ろのこいつにとっては危険人物極まりないのだ。まあ、深くは考えずとも、俺がいるから大丈夫だろう。
ちらりと時計を見ると、午後九時を過ぎようといったところだった。
名前をちょいちょいと手招き、隣に立たせた。青々と茂る木々の間から、垣間見る、という言葉がしっくり来るような恰好でじとりと目の前の光景を見る。

「……あれか」

「うわあ……」

思わず、と言った体で名前が呟いた。変な気分だ。映画に出演している自分を見るような、奇妙な感覚。あるいは夢か。夢にしてはリアルすぎるから、やっぱり映画だな。

「しかし、まあ何という……」

俺は風に吹き飛ばされてしまいそうなくらい、小さく低い声を出した。外灯の光に照らされて、俺たちのいるベンチがステージ上でスポットライトを浴びたように闇に浮かび上がる。
確認してみたところ、間違いはないようだった。名前も頷いた。遠目だが、あれは、かつての俺と朝比奈さん、そして名前だった。



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