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今、彼女は


結論から言うと、ちっとも眠れなかった。
あの後、ハルヒたちと別れてから、自分の家に戻って探してみたけれど。家中にある本棚という本棚を探したし、ゴミ箱だって探したし、自室なんか強盗が押し入ったのかと思うくらいに荒らしてまで探してみたけど、何もなかった。ごめんなさいと心の中で呟きながら、遺影の裏まで探したのに。まあ、こんな風に言うと有希を責めているみたいでいやなんだけど、とにかく、がっかりしたのだ。
でも、なんとなく、もう手がかりなんて残されていないと決め付けているような気がした。自分自身に。思い出せ。

――これは緊急脱出プログラムである。起動させる場合はエンターキーを、そうでない場合はそれ以外のキーを選択せよ。起動させた場合、あなたは時空修正の機会を得る。ただし成功は保証できない。また帰還の保証もできない。このプログラムが起動するのは『一度きり』である。『実行ののち、消去される』。非実行が選択された場合は起動せずに消去される。Ready?――

一度きり。実行ののち、消去。帰還したキョン。
戦況は絶望的だ。もういっそ諦めて、ここに定住でもするべきだろうか?この世界にもキョンはいるんだろうか。いるんだろうな。いるに決まっている。でも、そのキョンとはもう、前みたいに仲良くはできないだろう。
一人きりになった部屋は余計にそういった、悲しい……、物悲しい気持ちを誘って、私をうだうだと悩ませた。どうしたらこの気持ちから逃れられるだろう。窓から外を眺め見る。いっちょジョギングでもしてこようかな、雑念を払うために……大会前の選手か私は。
晩御飯を食べていないにも関わらず、おなかがすいた様子は見られない。緊張しているときや他のことに意識がやれないとき、こんなことになっていたかなあ。でも、今はそのどちらでもない。ある意味いつもどおりなのに、おなかがすかない。

「あーあ……」

呟いたら、思いのほか室内に響いて、まいった。なんて寂しい空間なんだろう。今までどれだけ私が恵まれた環境にいたのか、いやというほど思い知らされる。名前、と名前を呼んでくれる人など、ここにはいないのだ。ハルヒだって。有希だって。キョンだって。誰も。
やりきれない、空虚な気持ちが心を蝕んでいくような感覚がするのに。
なのに涙が流れないのは、どうしてだろう?途方にくれて、くれすぎて、涙が流れる神経あたりがおかしなことになっているのかも。悲しいと思っているのに涙が流れないんだから、きっとそうに決まってる。それか、泣いても何の意味もないということを、私が理解しているからだろうか。泣いても何の意味もない。元の世界に戻れる鍵が、私の涙なんてことがあるはずない。
ふいに携帯が鳴って、私はびくりと肩を震わせた。自分では設定した覚えもない着信音。この世界での私は、私と同じような性格なんだろうか。パラレルワールドの自分がどんな風に生きているのかなんて、滅多に知れることじゃないだろう。ああでも、古泉くんが言ってなかったっけ。抜け殻のように日々を過ごしていたんだ、私は。
今の私も、似たようなことになっているんじゃないだろうか。ちがいないや。



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