違和感
十八日朝。
俺は母親からの命令を忠実に実行する妹の目覚まし攻撃によって目を覚ました。
ベッドの傍らで丸くなっていたシャミセンものそのそと動き始め、その大きな体を抱き上げた妹がはしゃぐ。昔は一時でも人間語を口にしていたシャミセンも、いまではただの猫だ。ただの猫だというのがこんなに安心できることなんてない。俺以外の人間がこんな気持ちになったことなどないのだろう。
着替えを終え、階下に下りる妹を追いかけ洗面を終えた後、ダイニングに向かった。途中、名前の部屋を見つめたが、開いている様子はない。ダイニングでもオフクロは何も言わなかったし、ならばまだ体調が芳しくないのだろう。それか、俺に何も言わず先に出たか。
どちらにせよまだ明るく話しかけるなんて気にはなれなかったので、俺も名前の話題は出さずにいた。妹も今日はシャミセンと戯れるばかりで、「名前ちゃんはー?」なんてことも言わない。
結局名前のことに一切触れることなく、俺は家を出た。
今日の団活が気まずいな、なんて思いながら坂をのぼっていると、十メートルほど先を見慣れた背中が歩いているのを見つけた。昨日の鬱陶しいくらいの足取りは今は重く、どこかけだるそうにも見える。あんなにクリスマスを楽しみにしていたというのに?まさかさっそく喧嘩でもしたか。
「よう、谷口」
どちらかと言うといつも俺が声をかけられている立場なので、たまには俺から話しかけてみようという挑戦心から肩を叩いたのだが、振り返った谷口の顔には違和感が一点。
「……む、キョンか」
不機嫌と不調のちょうど境目みたいな声を出して、谷口は寄せていた眉を若干緩和させた。違和感一点、白いマスクごしに聞こえる声はくぐもっている。
「どうした?風邪か?」
「ああ……?見ての通り風邪状態だ。本当は休みたかったんだが、親父がうるさくてな」
昨日はあんなに元気だったのに、突然この状態とはな。相当強い菌みたいだ。
「何言ってやがる。昨日も調子はよくなかったぞ。ゲホゲホン」
あれ、そうだったか?俺の記憶ではお前はクリスマスの自慢話を伴って元気いっぱいに俺に話しかけていたじゃないか。
「ん……そうだったか?調子がよかったつもりはないんだが」
首をひねる様子に、もしやフラれたのではないかという推測が浮かぶが、あくまでからかう様子を保ってデートまでは治せよ、と茶化してやる。
しかし谷口は怒り出したりほっとけと言うどころか、ますます首をひねった。
「デートだあ?なんのことだ。ゲホ。イブに予定なんかねえぞ」
なんのことだは俺のセリフである。光陽園女子の彼女はどうしたというのだ。はぐらかすにもしつこいぞ。
「おい、キョン。マジでおめーは何言ってんだ?そんなもん俺は知らねえ」
むすっとした顔をしているが、けだるそうな動きや語尾で本当に不調なのだろうということは理解できる。風邪の症状が体の節々に効いているようだ。おまけにこの様子ではデートがない、というのが確定のようで、俺はいっそ同情すら覚えて谷口の肩をポンポンと叩いた。
「気を落とすな。やっぱ鍋大会に参加するか?今ならまだ間に合うぞ」
「鍋ってなんだ?どこでする大会だよ、それ。聞いた覚えはねえな……」
俺の情けの提案にもその言葉。フラれたことがよっぽどショックだったのか。ならこの話題はもう持ち出さねえよ。失恋の痛手は時間が癒してくれるさ。それかまた、名前に気持ちが戻るのだろうか?
あえてそうは言わず、俺はただ谷口の背中を押してやった。
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