現状報告
定例事項なので俺と古泉、連れ立って部室を出る。ドアが閉まると同時に総合格闘技に挑むようなハルヒの勇ましい声が聞こえたが、聞こえなかったふりをした。中でも、「え…、これ……、ええ……!?」とあらゆる意味で気になる名前の声も聞こえたが、朝比奈さんのように抵抗するよりは自分で着替えたほうがなんら問題なく過ごせると思ったのだろう、それきり衣擦れの音と朝比奈さんの悲鳴、ハルヒの笑い声くらいしか聞こえない。
「朝比奈さんには気の毒ですがね」
ぼうっとしていると、暇をもてあましたらしい古泉が語りかけてきた。廊下の壁にもたれて腕を組み、長い足からやや力を抜いて立っているその姿はいっそ腹立たしいほどに決まっているが、その顔は相も変わらずニヤケ顔だ。
「涼宮さんが楽しそうにしている様子は、僕に安心感を与えてくれますよ。イライラしているところを見るのが一番心の痛む事柄ですから」
「あいつがイラつくと変な空間が発生するからか?」
俺の発言に古泉は軽く目を瞠り、すぐにいつもの笑顔に戻る。すいっ、と自然な動作で髪の毛をかきあげたかと思うと、
「ええ、それもあります」
と続けた。
「僕と僕の仲間たちが何より恐れるのは閉鎖空間と《神人》の存在です。簡単そうに見えたかもしれませんが、あれでも苦労してるんですよ。ありがたいことに、この春以降、どんどん出現回数は減っていますが」
「てことは、まだたまには出てくるのか」
「まれにね。ここのところは深夜から明け方頃に限られています。涼宮さんが眠っている時間ですよ。おそらく、イヤな夢を見ているその時に、無意識に閉鎖空間を作ってしまうのでしょう」
ほらみくるちゃん名前を見習いなさい、あなただけよそんなにモタついているのは!とハルヒが大きな声を上げる。
「寝てても起きてても、迷惑を生み出すヤツだな」
「とんでもない」
室内の雑音に耳を傾けていた俺に、古泉の珍しく鋭い声が飛んだ。こんなに威圧的、というか、強い声を、古泉は滅多に上げない。笑いを最低限まで抑えて、古泉がこちらを見つめている。
「あなたは知らないでしょう。高校入学以前の涼宮さんがどのようだったかをね。僕たちが観察を始めた三年前から北高に来るまで、彼女が毎日のように楽しげに笑う姿なんて想像もしませんでしたよ。すべてはあなたと出会ってから、もっと正確に言うと、あなたとともに閉鎖空間から帰ってきてから、です。涼宮さんの精神は、中学時代とは比較にならないレベルで安定しています」
しかし稀に彼女の女性らしい部分が不安定な揺れを見せることもありますが、と古泉が呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
「涼宮さんは明らかに変化しつつあります。それも良い方向にね。我々はこの状態を保ちたいと考えていますが、あなたはそうではありませんか?彼女にとっていまやSOS団はなくてはならない集まりなのですよ。ここにはあなたがいて、朝比奈さんがいる。長門さんも必要ですし、はばかりながら僕もそうでしょう。今では名前さんも、です。例え彼女がイレギュラーな存在であったとしても、僕たちはほとんど一心同体のようなものですよ」
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