[携帯モード] [URL送信]
雪の文字


「でさ。せっかくのクリスマスシーズンなんだから、いろいろ準備もしないといけないでしょ?そう思ってグッズを用意してきたの。こういうのは雰囲気作りから始めるのが正しいイベントの過ごしかただわ」

俺の心情など露知らず、ハルヒは紙袋を引き寄せその中に手を突っ込む。もっともらしいことを言いながら、引きずり出したのは以下のようなものだった。
スノースプレー、金や銀のモール、クラッカー、ミニチュアサイズのツリー、トナカイのぬいぐるみ、白い綿、電飾、リース、赤と緑の垂れ幕、アルプス山脈が描かれたタペストリー、ゼンマイで動く雪だるま人形、ぶっといローソクとキャンドル立て、幼稚園児なら入れそうな巨大クツシタ、クリスマスソング集入りCD……。
おおよそ今時の高校生が進んで買いたがるようなものではなく、どちゃっと机の上に広げられたそれに俺は軽く眉を寄せた。当年小学五年生十一歳になる我が妹が、確かこんなモノたちをそろそろ部屋に飾りだすだろう。ハルヒは何歳だったかな。まだ十五、か、十六か?どちらにせよ、小学生と同一でどうする。

「この殺風景な部室をもっとほがらかにするの。クリスマスを積極的、かつ前向きに味わうためには形から入るのが初心者向けね。あんたも子供の頃にこんなことしなかった?」

多分もう少ししたら妹の部屋のある種の模様替えを手伝わされるだろうよ。
十一歳、卒業にぐんと近づき中学生ももう目の前だというのに、妹は律儀にもサンタ伝説を信じている。俺が妹より幼い頃に見抜いてしまった、両親の偽装工作に気付いていないのだ。

「あんたも妹さんの純真な心を見習いなさい。夢は信じるところから始めないといけないのよ。そうでないと叶うものも叶わなくなるからね。宝くじは買わないと当たらないわ。誰かが一億円の当たりクジをくれないかなあなんて思ってても、絶対そんなことないんだからね!」

「おお、確かに……」

なにやら感心している様子の名前が心配になってくる。ハルヒの言葉をもう少し厳かにした宗教勧誘の新聞が家の郵便受けに入っていたことを思い出した。いかん、こいつならうっかり宗教に入ってしまいそうな気もする。
名前に褒められていい気分になったのか、ハルヒはにこにこと笑ってパーティ用の三角帽を取り出し、被った。

「ローマに行けばローマの、郷にいれば郷のしきたりに従わないといけないのよね。クリスマスにはクリスマスのルールに則るわけ。誕生日を祝われてイヤな気分になる人間なんてそうそういないからね。ミスターキリストだってあたしたちが楽しそうにしているのを見て喜ぶわ、きっと!」

キリストには誕生推定日が複数あり、今制定されているクリスマスも本当かどうかはわからない。それを口にするほど俺は空気の読めない人間ではなく、静かに心の中で突っ込みを入れた。そんなことを言ってみろ、ハルヒは「だったらそれ全部をクリスマスにしたらいいじゃない」なんてことを平気で言いかねないし、実際に年に何回もツリーを出して飾りかねないし、うっかり世界の改変をして次の日には明日も明後日もゴールデンウィークもクリスマスなんてことになりかねない。
俺がそんな精神的に疲労することを考えているさなかも、ハルヒはせわしなく部室内を歩き回り、部屋のあちこちにクリスマス用小物を置いては飾り付けた。スノースプレーで『Merry Xmas!』と書き殴っているが、外から見たら鏡文字だぞ。まあ、別に外から見るつもりはないのだろう。



前*次#

5/44ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!