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嵐の前の静けさ


嵐の前の静けさ、とはよく言ったものだ。実際に嵐が来る前は不気味なほどに静かだし、天災に限らず災厄が身に訪れるときも、少し前までは平和だと、俺はこの身をもって学んでいる。
しかし、いついかなるときも災厄に身構えていられるほど俺はこなれた人間ではなかったし、また、根気もなかった。結論から言おう。俺は、これから訪れる災難に、全くと言っていいほど――いや、言い切ろう――、心構えができていなかったのである。


身を突き刺すような寒さに肩を強張らせて歩いていた。最近は地球温暖化やらなんやらと地球が危うい状態になっているらしいが、そんなものは関係なしに秋は過ぎて冬は来る。どちらかと言えば寒いのが苦手な俺は、ポケットに片手を突っ込んで鞄を肩に掛けなおした。
いっそ大雪でも降って休校になればいいのになあ、なんて思いつつ、すっかり白くなってしまった息を見つめる。鼻の頭がツンとして痛い。ポケットに入れているはずの手も恐ろしいほど冷えていて、俺は改めてシベリア寒気団をうらんだ。

「よっ、キョン」

そんななか、俺の肩を軽く叩いて軽薄な男がやってくる。いちいち立ち止まるような配慮などかけらも持ち合わせていないので、俺は振り返るだけにとどめた。
見慣れたアホ面に「よう、谷口」と返答し、また歩みに集中する。身を削るような坂に殺意さえ覚えた。まあ、コンクリートでできた地面を殺すことなどできないに決まっているが。ハルヒくらいならやってのけそうだが、俺の持ちえる権力と実力では無理だ。
担任岡部他の体育教師も、もう少し生徒に配慮してくれればいいものを。俺たちがこんなに必死こいて坂を登っているというのに、車でブウーンと横切られたときには追いかけて十円キズでもつけてやりたい気持ちに駆られる。

「何をジジむさいことを言ってんだ。早足で歩け。いい運動だぜ。身体が温まるだろ。俺なんか、ほら見ろ、セーターも着てねえ。夏場は最悪だが、この季節にはちょうどいいぜ」

お前こそジジむさいこと言うな。というか、セーターも着てないのかお前は。異常だ。そんなこと言って、実はカッターシャツやブレザーの裏にカイロでも貼り付けてるんじゃないのか。
谷口はやたら嬉しそうに、期末テストが終わったことに対する喜びと、これから訪れる素晴らしいイベントに対しての意気込みを鼻息荒く語った。かと思うと、急にぱちぱちと瞬きをして俺の周りを見つめる。

「どうした?」

「いや、名前は一緒じゃねえのか?」

今更かよ。
常日頃、さんざ興味がありそうな恰好をしておいて、気付くのがこれだけ遅いとは。いっそ呆れながらも一応説明してやることにする。

「用事があるとかで、早く出て行ったよ。詳しくは知らん」

「へえ……」

俺だって気になったことは気になったが、聞いてもうまくはぐらかされたのでヤケになって話を切ったのだ。そこまでして言いたくないことなら言わんでいい、と負け犬のようなことまで言った。あー、駄目だ。自分のガキ臭さに嫌になる。こういうとき、俺はちっぽけな、青臭い高校生なんだってことをいやでも自覚する。



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