負傷発覚
「や…………」
口火を切ったのは朝比奈さんだった。
それから妹が場の空気に全く毒されず、「すごーい!」と叫ぶ。
ハルヒが大きく飛び上がって、平常時より1.5倍の大声を張り上げた。
「名前!!あんた、すごいじゃない!!」
まだ地面にべったりと這い蹲ったままの名前が、照れくさそうに微笑む。しかし俺は、その頬に流れる汗を見落とさなかった。
無言で近づき、ハルヒの横を通り過ぎ、名前の地面に引っ付いたままの両腕を引っ張り上げ、立ち上がらせる。そのまま無理に担ぎ上げて、背中に乗せた。
「ちょっとキョン、あんた何してんの!」
叫ぶハルヒを1つ睨んで、黙殺してベンチに戻る。背中からパラパラと音を立てて砂が落ちた。名前は何も言わない。ただ、黙っている。
ベンチに座らせると、靴下を取り外した。その下に巻かれた包帯は、かすかに砂で汚れている。靴下の中にまで砂が入っていたようだ。追いかけてきたハルヒが目を見開き、なによこれ、と小さく呟くのが聞こえた。
「…名前、どうしたの、これ」
「………」
名前は何も言わない。次々に戻ってきた奴らが包帯を見て目を見張る。全員に見えるように殊更ゆっくりと包帯を解けば、白い足首が真っ赤を通り越して青く色を変えていた。
「ひっ…」
朝比奈さんが悲鳴を上げる。長門は何も言わない。恐らく長門あたりはわかっていたんじゃないだろうか。あえて口出しをしなかっただけで。
「あ、んた……」
喉から搾り出すようにハルヒが呟く。
「そんな怪我してるのに、走ったの……?」
名前は相変わらず黙ったままだ。
2点も入って、ここは喜ぶべきところなのに。審判が次のバッターは誰だと叫んでいる。長門が心持ちはやくバッターボックスに立ち、早く終わらせるように三振した。
「守備、」
今まで黙っていた名前が小さく呟いて、顔を上げる。
ハルヒはなんともいえない顔で固まっていた。
「守備、だよ。ハルヒ。行かなくちゃ。頑張ってね」
「ッ………!」
ハルヒは無言でグラブ片手に背を向けた。続いて谷口や国木田、鶴屋さんたちが守備位置につく。散る直前、ぴろりろぴろりろ、といかにも携帯の着信が鳴った。
名前の顔が強張ったのを、俺は見逃さなかったさ。
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