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17日20時31分


うまくはないがまずくもない夕食を食べ終え、今になって彼女の着替えやその他諸々の生活用品が無いことに気付く。
カレーくさい部屋の中で、彼女は別に無いなら古泉くんのを借りればいいし、となかなか大胆な発言をしてみせたが、まさかそんなわけにもいくまい。サイズが違うのはもとより、僕が気恥ずかしい。
仕方が無いので二人して、帽子や眼鏡なんてちょっとしたカモフラージュ用のものを身につけて外に出る。もし僕たちの姿が彼に見られてしまったら、もしくは誰かづてに彼に伝わったら、という極論が僕の頭の片隅に残っているためだ。まあそもそも、彼の家と僕の家はなかなか距離が開いているし、夜八時過ぎなんて時間帯に外を出歩くような性格ではないだろう、彼は。
隣を歩く名前さんの小さな手が、時折僕のそれに触れる。不可抗力と言う言い方はなんだかアレだが、身を寄せ合うようにして歩いているのであたるのも仕方が無い。けれどなんだかそれがもどかしくて、僕は彼女の手を握る。

「握ってもいいですか」

「握ってから言わないの」

小さな子供をしかりつけるように言われて、けれど拒否されなかったことにいちいち喜んで、少し力をこめてみた。わずかながら握り返してくれる。
最寄のコンビニでもいいと彼女は言ったけれど、コンビニに満足の行くものがあるとは到底思えず、僕は手を引いたままちょっと遠出してデパートに向かう。
洋服コーナーと下着売り場に彼女を向かわせた。洋服ならまだしも、さすがに下着売り場は御免だ。少し離れた場所で、彼女が選べるまで待っておくことにする。時間もかけずに選んだらしい彼女に呼ばれてレジに向かった。
お金は勿論僕もちだ。会計時にいやでも視界に入るせいで下着を見てしまったけど、僕に気を遣ったのか、それとも彼女自身の好みなのか、シンプルで飾りっ気のないもの。それから洋服売り場ではスウェットと適当なTシャツと短パン。

どうせなら食料品も買って帰ろうよ、と彼女が言うので、おとなしく食料品売り場までついて行った。あまり主婦の出歩く時間帯ではないからか、学生のほうが多い気がする。僕たちはどんな目で見られているんだろう。恋人か、あるいは。

「明日の朝ごはん、何にする?」

カゴを片手に彼女が言った。
明日の朝ごはん。そう言えば、明日も集まると言っていたっけ。盆踊りと縁日がセットになっているところを探すと自分から言ったんだった。
森さんにそのことを連絡しておかなければ。その前に、明日の朝ごはんをどうするか考えておかなければ。しかし、普段朝に何か食べるという習慣が無いものだから、僕は途方にくれて彼女を見下ろす。

「……もしかして、いっつも朝ごはん食べてないの?」

「………」

時間があればゼリーか何かで済ませるし、時間がなければ水だけしか飲まない。それを言ったら怒られるだろうかと身構えていたが、彼女は溜息を吐いただけだった。それはそれで何か物悲しいけど。

「まあ、食材らしいものが置いてなかったから、何となく察してはいたけど……。ちゃんと食べなきゃ倒れるよ。夏だし」

そう言って、お惣菜コーナーから離れて野菜売り場まで向かう。その背中を追いかけながら、森さんにメールを送った。今回のシークエンスが確定しないこと、夏が繰り返していることは、意図的に黙っておく。
基本的にプライベートまで機関に縛られているわけではない――と、言いたいところだが、なんだかんだで機関は僕の生活に半ば食い込んでいる。けれど、家にまで踏み込んできたりはしない。彼女の存在にも気付かないだろう。よしんば気付かれたとしても、深く言及されることは無いはずだ。機関の人間たちが注視しているのは涼宮さんと彼だけであって、彼女ではない。



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