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17日19時28分


あまりにも堂々とした嘘は、告げられている側に信憑性をもたらす。彼も例外ではなかったのか、その言葉を真実だと思ったらしい。盛大な溜息のあと、呆れながらも優しい声音が通話口から漏れた。

『お前なあ……。まあ、連絡が遅くなったのは謝る……って、俺が謝るのはおかしくないかコレ……。とりあえず、今日は帰らないんだな?』

「うん。ごめんね、おばさんにもメール打っておくから」

『いや、俺から言っておくさ。くれぐれも長門に迷惑をかけないようにな』

「尽力しまーす」

『………じゃあな』

「うん、ばいばい」

何事も無かったかのように通話が終わる。
僕が口を挟もうとしたその瞬間、彼女はすぐに彼以外の違う誰かに電話をかけた。数秒後、すぐに通話が始まる。

「有希?ごめん、私」

長門さんか。
彼とは違い、そもそもあまり電話向けの声量ではない彼女の声はなかなか聞こえなかったが、名前さんが、自分が彼に嘘をついたこと、口裏合わせに協力して欲しいこと、今回のシークエンスが確定しないということ、それだけ伝えると納得したように『わかった』と言った声だけは聞こえた。

『古泉一樹は、なぜ、こんなことを』

続いて吐き出された言葉に、僕は目を瞬かせる。僕にも聞こえるようにやや声量が上がっていた。どうやら、ヒューマノイドインターフェースの能力を甘く見すぎていたようだ。名前さんが一度も僕と一緒にいるとは言っていないにも関わらず、僕に話題を振ってくるということは、彼女が僕と一緒にいることくらいお見通し、というわけだ。考えてみれば当然か。
彼女の耳元、ひいては通話口に口を近づけて、僕たちのことを見ていたのならばわかるのではないですか、と言ってみる。

『有機生命体の感情面での衝動的行動はわたしには理解し難い』

「…………」

確かに、今回僕が起こした行動は、あまりに理性的な行動とはかけ離れている。人間らしいといえば人間らしいのだが、同じ人間にも理解し難いことを長門さんがわかるとは到底僕は思えない。
名前さんは何を言えばいいのかわからず黙り、その沈黙の理由を察したのか長門さんは、わかった、と恐らくは嘘を口にして電話を切った。
とりあえずは安心していいようだ。長門さんの協力を得ることができた上、黙認されたのだから。

「……あなた、なかなか、狐ですねえ」

思わず本心を口にすれば、彼女は振り返って笑った。古泉くんがあんまりに動揺してたから、逆に冷静になっちゃった、と言いながら。
彼女には時々、どうしてもかなわないと思う。ひょっとして、僕なんか到底及ばないような修羅場を潜り抜けてきたのかと思うほどに落ち着いているし、いざとなると成人した女性のような恰好よさを見せてくれる。頼りがいがある、と言われたい立場だが、今は逆だった。

「あっ、カレーが焦げるよー」

するりと僕の腕から抜けた彼女が、コンロの前へ逃げていく。完璧に彼女のペースに乗せられているな、と自覚したが、それが嫌ではなかった。



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あきゅろす。
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