[携帯モード] [URL送信]
17日18時08分


「………私の記憶が正しければ、確か……、えーと、15500回くらい、繰り返してた気がするの。だから……」

「………」

ごめん、と呟いた彼女に、僕は首を横に振った。あなたが謝ることではない。名前さんに、この夏休みから抜け出す方法を教えてもらって抜け出しても僕はちっとも構わなかったが、それもなんだか悔しい気がする。例えば、テストの解答をあらかじめ見てからテストに挑んだような、そんな気持ち。
それに、そんなことをしてしまえば、彼女に対してアンフェアな気もする。だったら、いい。今回のシークエンスは、諦めよう。

「ごめんね。せっかく古泉くんが、こんなに早く気付いたのに」

「いえ………」

仕方ない。
皆が気付いたならともかく、僕だけなのだから。どちらにせよ、今の段階では、涼宮さんが何をやり残したのか、後悔しているのか、なんてわからない。
心を決めた僕がどう見えたのか、彼女はひどく悲しそうな顔をした。

(ああ)

でも、そうしたら。
今回のシークエンスは、捨て駒のようなものだ。
ただの過程に過ぎない。結果にはならない。なくてもいいもの。記憶は抹消されるもの。
つまりこのシークエンスの僕は、消える。

――僕の心に、かすかな魔が差す。

「名前さん」

「え?」

顔を上げた彼女の腕を掴んで、また歩き始めた。
どこに行くの古泉くん、と、少しだけ焦った声がする。きっと、いや、多分。8888回目のシークエンスの僕は、疲れていたのだ。それともただ単に、気が大きくなっていただけかもしれない。そのどちらにせよ、僕は今なら何だってできる気がした。
どうせ消えてしまう記憶なら、今だけでも自由に過ごしたい。

「古泉くん、どこに」

彼女のペースを考えず歩きすぎたせいだろうか、息切れを起こしているようだ。点滅している交差点を走って渡り、むせ返るような人ごみを掻き分け進み、暮れていく陽から逃げるように日陰を通る。こいずみくん、と呼びかける声も、今はどこか遠かった。

「……名前さん」

「っへ、え?」

ひどい息切れを起こしている彼女から手を放す。
三年前から、ずっとそうだった。自由を奪われ、強制させられ、自分にしたいように行動することを許されず、『世界のため』という魔法の言葉ですべてを押し付けられ、言われたとおりに行動する僕。
僕が涼宮さんに好意的な気持ちを抱いたとしても、許されない。逃げたいと口にしても、許されない。死にたいと口にすることすら許されない。
そんな僕にとって、この繰り返す夏、加えて確立することのないシークエンスという言葉は、魅惑の響きを持っていた。夏は繰り返す。僕たちの記憶を何度も消して。僕が8887回以前の夏を覚えていないように、8889回目の僕は今回のことを忘れるのだろう。目の前の彼女も、例外ではない。神様だって、なにひとつ。
名前さん、ともう一度呼び、小さな手を握った。突然の僕の行動に、彼女は困惑することしきりだ。ごめんなさい。僕の我儘を聞いてください。心の中で、純粋な気持ちがわななく。

「僕のそばにいてください」



前*次#

5/88ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!