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17日17時46分


それからのことは、実はあんまり覚えていない。
朝比奈さんが来て、涼宮さんが来て、彼と名前さんが来て。皆でプールに行った、ということ、くらいだろうか。日差しの強いプールサイドで、彼から「お前今日おかしいぞ」と言われたことがやけに頭の中に残っている。知ってますか、僕だけではない。本当におかしいのは世界なんですよ。あなただって例外ではない。この言葉をどれだけ飲み込んだことやら。
何度も、名前さんの背中を見つめた。彼女は何かを知っているんだろうか。いや、確実に、知っている。ただ、彼女の記憶もリセットされているはずだ。だから今何回繰り返しているかはきっとわからないに違いない。けれど、あんなに楽しそうに、嬉しそうに、笑っている。……笑って、いる。
だからきっと、いずれは元の日常に戻ることができるんだろう。そこに関しては安心してもいい。
だけど、今のシークエンスが確定するのか。僕はそれだけが気になって気になって仕方ない。もし確定しないのであれば、ここで僕が奮起する必要も無いだろう。

喫茶店を出て、彼と並んで帰る彼女を呼び止める。「名前さん!」一拍置いて立ち止まった彼女は、ゆっくりこちらに振り返った。どうしたの、古泉くん。そう口にする彼女の頬は緩んでいる。

「少し、お時間よろしいですか」

「……………?」

名前さんは彼に先に帰っていて、と言って、こちらに戻ってきた。僕の表情がどれほどこわばっていたのかはわからないが、あまり平和な話ではないと察してくれたらしい名前さんが、何かあったの、と問いかけてくる。
彼女の手を引き、人通りの少ない道を選んだ。もしこんな話を誰かに聞かれたら、気違いなのではないかと疑われてしまう。どうしたの、と重ねて呟いた彼女に、歩きながら僕は呟いた。

「この夏が繰り返していること、あなたはご存知なんですね」

「え………?ああ、うん。一応ね。ていうことは、もしかしてもう繰り返してるのか。今何回目なんだろう……」

「八千八百八十八回目です」

「はっせ……!?」

驚いて立ち止まった彼女につられ、僕も立ち止まる。車のクラクション、人々の笑い声、雑踏。あらゆる音が耳に入ってくる。不謹慎だけれど、この異常に気付いてくれる人がいて嬉しくなった。そんなに繰り返してたの、と呟く彼女を見て、一瞬の期待が生まれる。もしや、今回のシークエンスで確定するのだろうか。

「教えてください、名前さん。今回のシークエンスは確定するんでしょうか」

「え………」

彼女は困ったように眉を寄せた。
言ってもいいんだろうか、でも、と躊躇うような瞳。あまり、喜ばしい結果は臨めそうに無かった。いつしか彼が言っていたか、朝比奈さんは言ってはいけない事項についての説明を求められると、禁則事項ですと言って問いを謝絶するのだと。けれど目の前の彼女は、そんな便利な言葉を持っていない。持っていたとしても、僕が答えを求めている限り、迷いながらも言おうとしてくれる。やさしいひとだから。
まだ迷っている彼女の肩に手を置いて、首を横に振った。もういいですから、と。

「……このシークエンスは、失敗なんですね」

「………………」

申し訳なさそうに頷いた彼女に、罪悪感すら生まれた。知っているというのも、案外辛いものだ。知っているからこそ、それまでの経緯を守らなければならない。過程が大事とはよく言ったものだ。名前さんの葛藤は、ある種未来人とも共通している。名前さんの場合は、未来が変わってしまうからうかつに行動できない、だが、未来人は、未来が変わってしまうから行動しなければいけない。こんなところで共通点を見つけたところで、あんまり嬉しくはないだろうけれど。



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