一万五千四百九十八回目
俺は突然だが、拍子抜けしていた。
名前が八日ぐらいに何かを考えている様子だったから、てっきり今日あたりに何かドカンと来るものだと身構えていたのだが。なんてこたぁ無い、普通の日々が続いている。
俺と名前は揃って居間でテレビを見ていた。全く縁もゆかりもない他県同士の野球試合だ。7対0で負けているほうを応援しているのだが、どうやら俺も名前も弱者を応援したくなるタイプらしい。適当に見ている俺とは違い、名前は熱烈に「いけーっ!そこだ!打てーい!あっ違っ、駄目だってば!追いつかれる追いつかれる塁に戻れっ!」とかなんとか叫んでいる。打てーいってお前。
「あー、もうっ。いっつもこうなんだから」
名前が恨みがましく呟いた。
いっつもこう、って言っても、お前この試合見たの初めてだろ。奇妙なことを言う奴だな、と思いながら、いつしか名前が言ったような気がして首をひねる。
俺たちは昨日、母親の実家がある田舎まで避暑と先祖供養を兼ねて遠出して、帰ってきたばかりだ。毎年の恒例行事である。ただ今年は少しだけ違った。そばにいる、名前の存在だ。
しかしやはり事象はすべてうまく作られているらしく、名前を連れて行っても何らおかしなことは起きなかった。それどころか、去年も遊びに来てくれたわよねえ、と言われたぐらいだ。身に覚えの無いはずの家だというのに、名前はまるで最初から知っていたかのように家になじんでいた。まあこの話はまたいつかでいいだろう。
それはさておき、そういうことでハルヒたちとは顔を合わせていない。この数日間、俺はなんとも言えない平和を過ごすことができた。いやあ、平凡っていいもんだな。久々に平和をかみ締めたぞ。
「それにしても」
俺は無意識に携帯のストラップに指を引っ掛け、引き寄せる。本当に、何気なく。考えもなしに。だというのに、その携帯は、俺が引き寄せるのを待ち受けていたかのごとく着信音を鳴らした。ついに俺にも予知能力がついてしまったか、なんて事を考えて、アホか、とその考えを却下する。
「何だってんだ」
表示されている名前は涼宮ハルヒだった。スリーコールほど待たせて、俺はゆっくり通話ボタンを押す。
『今日あんたヒマでしょ』
意を決して通話ボタンを押した俺に、真っ先にかかったのはこんにちはとか久しぶりでもなんでもない。ハルヒズム全開の理不尽な言葉だった。
『二時ジャストに駅前に全員集合だから。ちゃんと来なさいよ』
そしてぶつりと切れる。俺が何かを言うよりも早く、だ。一方的な会話というものをこれほど身をもって味わったのは初めてだな。…なんて思っていると、また携帯が鳴る。
「なんだ」
『持参物を言い忘れてたわ』
通話を終わらせたいのかと思うほどの早口で持参物を伝えたかと思うと、
『それとあんたは自転車で来ること。それから十分なお金ね。あっ、名前もいるんでしょ?伝えといてよね。名前にも自転車があればなおオッケーだけど、まあ無ければいいわ。おーばー♪』
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