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対処法たち


聞きたいことなんて一つだけだ。

「どうして、私は有希に、あんなことを頼んだの?」

「……………」

有希は急に黙り込む。
8888回目のシークエンスの私は、いったい何を思って急に有希にそんなことを頼んだんだろう。疑問で仕方ない。何かしらきっかけがあったんだろう。ナノマシンを注入してでも、忘れてはいけないと思ったことでも。…あ、いや、それだとおかしいな。だったら私は8888回目のシークエンスの記憶を所持していなければおかしい。
何故私は、8889回目から記憶を消してはならないと思ったんだろう。

「…………」

「有希?」

何も言ってくれない有希の腰から手を放し、軽く背を叩いた。
それから数秒後、この暑さには似つかわしくない、温度を感じさせない平坦な声音が冷静に言葉を紡ぐ。

「…あなたは、知らなくていいこと」

「……え?」

「本来知らなかったこと。知る必要のないこと。――知っては、ならないこと」

……知っては、ならないこと?
私のことなのに知ってはいけない、って言われると気になる。けれど、有希がここまで言うのならば、知らないほうがいいことなのだろう。
確かに有希の言うとおり、本来知らなかったことなのだから、聞かないほうがいいのかもしれない。何が何だかわからないのに涙が出てくるのも。知らないほうが、いいんだろう。きっと。

「……そっか」

「そう」

そこで話は終了した。
最後の最後まで気になる話題だったけど、掘り下げても何も出ないのならば話す必要は無い。お互い無言で、はしゃぎあうハルヒたちの後ろを走行する。
市民プールで自転車を停めて、ゆっくり歩いていると、隣を行く有希がぽつりと呟いた。

「もう一つ」

「へ?」

「まだ彼らは気付いていない。気付いたとしても、対処法を施せるレベルまで達していない。何回か重ね、既視感を覚え、対処法を繰り返すことが必要。そのためには、夏をさらに繰り返す必要がある」

「…?」

有希の言いたいことがよくわからなくて、足を止めた。前を行くハルヒたちは私たちの様子には気付いていないようだ。有希も足を止めて、持っていた鞄を持ち直す。

「人間の身体レベルでは、耐久が不可能と判断。その処置も施した」

「………えーと」

あ、そっか。いくら夏を繰り返す、とわかっていても、確か、えーと、15500くらい繰り返すもんね。繰り返す数は有希は知らないにせよ、相当繰り返さなければ皆が気付かない、ということはわかっている。さすがに私も、そんな繰り返しの二週間に精神がついていけるかはわからない。だから有希は、

「ナノマシンを注入。記憶置換制御装置と同時に作用する」

さすが、処置が早いな。
ありがとう、と口にすると、有希はこくんと頷いた。

これが、8889回目のシークエンスであった出来事だ。



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あきゅろす。
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