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異世界人、ナノマシン注入


有希に言われるままに、掴まれていた腕をちょろりと上げた。
有希が私の腕を放し、手首をやんわりと掴む。かと思っていると、どんどん有希の顔が近づいてきた。掴まれた手首より少し心臓側、間接のちょうど下くらいに、有希の唇が近づく。

かぷり。

「ひひゃああ!!?」

驚いて声を上げてしまった。
ただし、有希の片手が私の口を覆っていたから、そこまで大きな声は出なかったけれど。
なにしてるの、と震えた声で問いかけると、有希は数秒私の肌に歯を立ててじっとする。それから、ゆっくりと離れていった。痛みは、無い。じんわりと、くすぐったさが一瞬襲っただけで。

「な、なにをしたの?」

「記憶置換制御装置を注入」

「……えーっと、ナノマシンみたいな?」

「みたい、ではなく、そう」

淡々とした有希の物言いに、いったいなぜそんなことを、と疑問が生まれる。
私の脳みそをスキャンしたかのように、有希が呟いた。

「あなたに頼まれたこと」

「…………え?」

「頼まれた。八月三十一日の二十三時五十二分十九秒に」

はちがつさんじゅういちにち。
ということは、もう夏は繰り返している、というわけだな。ためしに何回繰り返しているのか聞いてみようと思ったけど、それより気になることがひとつ残っている。

「えーと、それはわかったんだけど。記憶置換制御装置って、なに?」

「外部からの作用による記憶の操作を防ぐ」

「………ってことは、うーんと、記憶がリセットされることはない、っていうこと?」

「そう」

ううむ。いったい何故そんなことを私が頼んだんだろう。いや、繰り返す夏を繰り返さないで体験してみたいとは思ったけど。

「ちなみに今は、何回目のシークエンス?」

「八千八百八十九回目」

……おおう、結構繰り返してるね。

「本当に、私が頼んだの?」

「頼んだ」

有希はぽつりと呟いて、私を見た。液体ヘリウムの瞳が私を映し出している。ただし、その私の顔に何か、おかしなものが流れていた。あれ、どうして、私。

「………泣いて、るの……?」



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