デリカシー論再び
「おい、どうした?」
急いで駆け寄る。「きょきょ、キョンくるでない!」どこの殿様かと思うような言葉をかけられたので反応が遅れたが、とりあえず言われるままに立ち止まった。
古泉が中途半端に上げかけた手をどうしたらいいのかわからず下げようとしている。固まる名前の後ろで、長門だけが冷静だ。
「何かあったのか?」
「え………、と。ちょっと……」
顔が真っ赤なので、もしや突発性微熱か何かと思ったのだが、近寄るなと釘を刺されているわけだし、俺にはどうしようもない。仕方がないので待機だ。
名前はゆっくりと足を下ろし、まるでロボットのようにぎくしゃくと身なりを整えてから、長門に向き直って頭を下げた。なぜいきなり。
「ごめんね、見苦しいもの見せちゃって……」
「問題ない」
「は?何の話だ?」
俺が首を傾けているよそで、古泉だけは(と言っても気付いていなかったのは俺と古泉、ただ二人だけだ)、気付いたようにはっと口元を覆う。それから先ほどの名前のように顔を赤らめた。お前、珍しいな。いつものさわやかくんはどこに行ったというのだ。その顔は非常にムッツリだぞ。
「まさか……」
「古泉くん、ここはあえて何も言わないで……」
おい、なんだよ。俺には言わないつもりか。
とりあえず長門に視線を向けてみたのだが、長門は無表情を返すばかりで何も言ってくれない。
「何があったんだ?」
「…いや、キョンは気にしないでよ」
「気になるだろう。何だ?」
「気にしないでってば!」
名前が怒ったように声を荒げた。そこで俺も冷静に大人になって、ああそうかいと話を切り上げればよかったのに、なぜか俺だけのけものという子供っぽい理由で俺はむかついてしまって、名前に負けない勢いで、
「気になるだろうが!」
と叫んでしまった。
距離のおかげかハルヒたちには聞こえなかったようだが、突然怒鳴られた名前はびくりと肩を震わせ、しょんぼりするかと思ったのにまたぐわりと勢いをつけて怒鳴り返してくる。
「スカート短いから柵くぐるときにめくれあがっちゃったの!!!!」
「だから、スカートが何………、あ?」
……スカート?
何の話題だ。
俺は沸きあがっていた怒りが一瞬にして消沈していくのをどこかで感じた。それから、怒りで肩をぷるぷると震わせる名前の足元に注目する。撮影の際にはギャルっぽい恰好で、ということで、前回のCM撮影同様に、スカートは短い。
「………」
「………」
「………っ!」
唐突に理解した俺は、ついさっきの古泉と同じように口を押さえた。自分の頬に熱が溜まっていくのがわかる。そんな、高校生でいまどきパンチラなんて、どこの死語大賞にもノミネートされないぜ。ていうかそんなベタな。
名前は「キョンの馬鹿!!」と泣きそうな顔で俺に怒鳴った後、大股でハルヒたちの元へと向かっていってしまった。
落ち着いたらしい古泉が、苦笑を携えつつ俺の横に並ぶ。置物のように固まっていた長門も、ゆったりとした足取りで俺の横を通り過ぎていった。まあ見られたのが長門でよかったじゃないか、俺や古泉じゃなくて、なんてフォローの言葉が今更出てきたが、本当に今更で、言ったところで怒られるのは目に見えているので俺は口をつぐむ。下手に怒らせるのは俺だって望ましくないからな。長門の後ろ頭を見つめている俺に、古泉の苦笑交じりの言葉がかけられる。
「………少々、デリカシーが足りませんでしたね」
「……うるせい」
こう言い返すのが精一杯だった。
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