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血糊事件について


「この世にヒロインは一人しかいらないわ。本当ならあたしがそうなんだけど、今回いは特別に譲ってあげる。少なくとも文化祭が終わるまではね!」

てめーがヒロインだなんて世界の誰も認めてねえ。…おっと、うっかり汚い口調が出てしまったな。しまったしまった。誰もおまえをヒロインだなんて認めはしません。うん、これでよし。
鶴屋さんは朝比奈さんの肩をぽこぽこ叩き、朝比奈さんを軽く咳き込ませたあと、

「これなに?レースクイーン?何かのキャラ?あ、そうだっ。文化祭の焼きそば喫茶、これでやりなよっ!すんげー客くるよっ!」

朝比奈さんにコスプレを勧める人間がこの場に二人もいれば、いやでも彼女の苦しみが伝わってくる。二枚板に挟まれてつぶされるような感覚だ。
そんな朝比奈さんは気弱な瞳を俺にむけ、助けを求めるような表情を浮かべた。いや、それは俺の心の目が勝手に見ただけかもしれない。しかし目は確実に小鹿の目だった。
かと思えば急にふるふると顔を横に振って、これまた気弱な笑顔を浮かべる。どれだけけなげなんだ。

「遅れてごめんなさい」

つつ、と歩み寄ってきた朝比奈さんは俺を見上げて眉をへにゃりと垂れ下げる。デートの待ち合わせに遅れてきたような言葉にうっかり「そんなに待ってませんよ、ついさっき来たとこです」なんて場違いな言葉が出かけてしまった。急いで飲み込んだがな。

「いや、俺はかまいませんけど」

「お昼はあたしの奢りですね……」

「いやいや、気にしなくていいですよ」

寧ろあなたが出すくらいなら俺が出します。

「昨日はごめんなさい。あたし、知らないうちに光学兵器を発射してたみたいで……」

「いやいやいや、俺は無事でしたし……」

しょんぼりとした顔をさらにしょんぼりさせる朝比奈さんを見ていると、なぜか俺がいじめているような気持ちになる。俺は悪くない、すべてはハルヒのせいだ。自分自身に言い聞かせてみる。
それから視線を長門と名前に向けた。つられるように朝比奈さんも視線を二人に向けた後で、はっと目を見開く。

「そうだ!あの、ずっと気になってたんです。名前ちゃん、途中で血糊がついちゃった、って言ってたの……あれ、私のせいなのよね……?」

俺はどう言うべきか迷った。
今にも泣きそうな表情の朝比奈さんに、果たして本当のことを言ってもかまわないのだろうか。

「あれは、本当の血…」

「じゃないよ」

気付けば俺の後ろに名前と古泉がいて、思い切り笑っていた。けろりとした表情を浮かべて、近寄ってきた名前が朝比奈さんの肩に手を乗せる。

「本当にあれ、血糊だったの。紛らわしいときにあんなプチ事件起こしてごめんね」

「ほ、ほんとう……?」

うん、本当、と頷く名前に、朝比奈さんはホッとした笑顔を浮かべた。下手に俺が何か言うより、ずっと説得力のある言葉だ。本当に信じたらしい朝比奈さんを見てから、名前は少しだけ離れる。
朝比奈さんは思い出したかのように顔を上げて、腕を軽く持ち上げた。



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あきゅろす。
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