愛車論
ハルヒはやはり朝比奈さんを同乗させて帰ってきた。いつにも増して沈んだ顔をなさっているウェイトレス。着替えさせてきたのか。
タクシーの運転手に領収書を頼んでいるところを見ると、あいつは経費で落とすつもりらしいな。果たして落とせるかどうか、俺は落とせないに二百円賭けよう。
ふいに谷口国木田コンビに視線を移すと、あいつらはハルヒを乗せたタクシーを見ながら会話をしていた。
「この前なんだけどよ、夜にコンビニまで行った帰りにタクシーとすれ違ったんだ」
「へーえ」
「でさ、ふと見るとそのタクシーの『空車』のランプが『愛車』に見えちまってよ」
「それはビックリだね」
「けど、見直す前にタクシーは行っちまった。そん時気付いたんだ。俺に今不足しているのは愛なんじゃないかってことに」
「本当に『愛車』って書いてあったんじゃないかなあ。個人タクシーだよ、きっと」
聞けば聞くほどバカらしい会話をしている二人の横で、名前は苦笑を浮かべている。まあそうだろうな、俺だってその場にいたら苦笑どころか嘲笑を浮かべるだろう。
すると、急に谷口が勢いよく名前に向き直って、その肩に手を置いた。おい、何をするつもりだ。思わず手が浮く。
「いや、俺の見間違いだろう。俺は愛に飢えているんだ。名前、そうは思わないか?いや、思うはずだ」
「え、えっと、」
谷口の気迫に押されて名前がたたらを踏む。思わず近づいていってとめようと思ったのに、俺より先に古泉が動いた。出遅れたため、中途半端に足を踏み出した恰好で止まる。
「名前さん、そろそろ撮影の準備に取り掛かりましょう」
「え、あ。うん」
なんとなく癪だがグッドジョブだ古泉。ほぼ肩を抱かれるようにして(ここはバッドジョブだ)こちらにやってきた名前がどうしたらいいのかわからない苦笑を浮かべている。
そんな名前の少し後ろに立っていた鶴屋さんが、しょんぼりとうつむいた朝比奈さんに向かって走っていった。
「やっぽー。みくるーっ、タクシーで来るなんてキミ誰?」
それから改めて朝比奈さんの衣装をまじまじと見つめ、はじけんばかりの笑顔を浮かべる。
「うわスゲーっ!エロい!みくるそれどこの店でバイトしてんの?十八歳未満お断りだねっ。あれ?キミまだ十七じゃなかった?あっそか、客じゃないからいいのかっ」
まだ朝比奈さんが何かを口にしたわけでもないのに、ささっと自分で喋って自分で結論を出す、すばらしく忙しい人だ。
朝比奈さんは泣きはらした瞳を上に向けたり下に向けたりと、これまた忙しそうだ。その瞳の色が左右一緒だということに気付き、俺は胸をなでおろす。カラーコンタクトの予備はなかったらしい。
「仮病を使おうったってそうはいかないんだからね!どんどん撮影するわよ!これからがみくるちゃんの見せ場の本場なの。すべてはSOS団のため!自己犠牲の精神はいつの世でも聴衆の感動を呼ぶのよ!」
朝比奈さんを犠牲にしようと思うな。お前が犠牲になれ。
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