遅延理由
「我々にかけられたプログラムの作動はコンマの誤差はあるがほぼ同時。けれど、あなたにかけられたプログラムのみ作動が他のものに比べ秒単位で遅れた。その誤差間にプログラム作動の制止が成功」
なぜ俺だけ?
「わからない」
やはり小さな声で、けれど長門ははっきりと言った。迷いのないその口ぶりに、長門が本当にわからないんだということを察してなんとも言えない気持ちになる。
はっきり言って、俺に出来ることなど何もなかった。それはもう十分思い知った。これからもしかするとできるかもしれないが、それまで俺は何もできない。長門の解析を待ち、長門の指示を待つことしか。
これ以上自分の無力さをかみしめる前に、もう教室へ向かおう。そう思って踵を返したところで、また長門の声が俺を引きとめる。
「あなたに」
「え?」
振り返れば、長門が俯いてじっと立っていた。俺を見ない。
「……正確なソースがあるわけではない。全てがわたしの予測の範囲内。けれど、わたしは、あなたのプログラム作動に遅延が生じた理由が理解できる」
「…………」
「あなたに、忘れられたくなかったのだと」
何を言われているのかわからないまま、こちらを見上げてきた長門の視線とかち合った。ふ、と大きく丸い瞳に見つめられる。吸い込まれそうな宇宙色。
「彼女が思った。だからプログラムの作動が遅れた。……そうなのではないかと、思う」
「…………」
もしかして長門は、慰めてくれようとしたんだろうか。
俺はその言葉を聞いて、ただ黙ることしかできなかった。そうだったらいいなという軽い願望すら、口にすることができなかった。本人がこの場にいない今、確かめることなど到底不可能なのだから。
ぽっかり胸に穴が開いたようだった。
なあ、なんで、いなくなったんだ。おまえは。
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