手袋返還
「あ」
家につき、玄関の鍵を開けていたところで名前が小さくつぶやいた。
「どうした?」
「有希に手袋借りてたの、返し忘れちゃった」
ポケットの中からごくシンプルな手袋を取り出し、俺に見せてくる。確かにそれは、冬の間たまに長門がつけていたものだ。
「今日、有希とペアになって図書館に行く時、ビル風がすごく寒くて。そしたら有希がこれ貸してくれたの」
三月の終わり、春に近いもののまだ時折寒い。しかし長門に手袋は必要ないだろう。そんな早急に返しに行く必要もないはずだ。いざとなればそこらへんにある布切れでも使って新しいものでも生成するだろうよ。
「でも、次に会うのは始業式だし。返しておかなきゃ」
「今からか?」
「覚えてるうちに行っとこうかなって。あ、キョンは家に入ってて」
「馬鹿言うな」
もうすっかり日も暮れた。こんな時間にとろとろ歩いていたら変質者に捕まえてくれと言っているようなもんだ。
一度荷物を玄関先に置いておき、再び外に出る。自転車を引っ張り出し、その荷台を軽く叩いた。
「ささっと行って、すぐ帰るぞ」
「……ありがとう」
多分妹が誰かを荷台に乗せようとしていたら問答無用で怒るだろうが、俺がやっても怒るやつがいないからまあよかろう。本当はダメだけどな。
「一応長門に連絡しとけよ。今から行くって」
「うん」
携帯でカチカチやっている音がほとんど聞こえなくなってから、ペダルにかける力を強める。掴まれた手の力が、いつもより弱い気がした。
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