怒りの涙
「オネエサン、いつまで仕事?」
「…閉店までですが」
なんで仕事時間まで聞かれなきゃいけない。少し薄暗い店の前で、私は問答を繰り返していた。店の中で山田さんが頑張ってるっていうのに何をやってるんだ私は。
「すいません、仕事がございますので。失礼します」
いったん店の中に戻ろうと思ったところで、肩を掴まれる。バランスが崩れて、手に持っていた試食用のケーキがばらばらと地面に散った。
「あ………」
「落ちちゃったねえー。ま、いーじゃん。汚ぇおっさんの作ったケーキなんかさ」
それから、靴底でグリグリと踏み潰す。汚い汚いと呟きながら。
私は静かにその様子を見ていたけど、はっと正気を取り戻し、ぐちゃぐちゃになったケーキを見る。
「おい、オネエサン泣いちゃったよ。どーする」
「俺が慰めてあげるーっ」
「マジお前キモ!」
ギャハハハ、と高らかな笑い声。
道行く人間が皆、いやなものを見るかのように彼らを見ている。それから、ぐちゃぐちゃになったケーキも。私はただ、自分の手がまるで違う生き物のように、男子学生の頬を張り飛ばすのを見ていた。
パァン!と高い音がする。
「なんっ」
「いってェ!何しやがる!」
ふるふると震える右手を左手で抑えて、私は男子学生を睨み上げた。
こんなに怒ったのは久しぶりだ。
「もうここには来ないで。もう2度と、来ないで!!!」
大きな声を出したのも。
怒りに震えて涙を流したのも、とてもとても、久しぶりだった。
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