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笑う口元


二曲目は静かに始まった。先ほどの曲調とはがらりと変わって、優しいバラードだ。男性視点からのラブソングなのだが、これが何と言うか微妙なことに、俺の心情に被ってしまってなんとも気持ちが表現しがたい。
それを歌っている相手が誰なのかわかってしまって、さらに気分が沈む。いや、ふわふわと浮いているような、奇妙な感覚だ。

曲に同調でもしているのか、涙ぐんでいる生徒までいた。一気に講堂がしっとりとした空気に包まれ、先ほどまでやかましいほどに鳴っていた手拍子も止まる。
薄ら照明の落とされた講堂に響き渡る歌声で、不覚にも胸がじんとした。古泉も聞き入っているようで、いつもは頬に浮かんでいるはずの笑顔が微妙に引っこんでいる。
バラードはたいていが長いものだが、この曲は割と短めだった。歌の内容を簡単にまとめれば、恋心を口にすることのできない男が悩みに悩みぬいて、これから恋心を伝えに行く、という形で終わった、というところだろうか。
結果が出ていないところだとか、悩みに悩みぬくところだとか、まあ恋心を伝えに行く云々はともかくとして、気持ちがシンクロした。

曲が終わると、エレキギターを弾いていた男がマイクを握る。緊張しているのか何度もズボンで手汗を拭いていた。こういうところで緊張もせず暴れまわる奴よりはずっと印象が良い。
男はしどろもどろながらも、メンバーの紹介を始めた。

「あ、で、その、ボーカルなんですけど。あ、ギター兼なんですけど。その、いろいろあって、本当のボーカルじゃないんです。さっきのグループと一緒で代理です。匿名希望さんなので、ちょっと名前は教えられないんですけど。でも、オレもドラムのやつも、すごく信用してる人なので」

一拍置いて、

「……とりあえず、よろしくお願いします。じゃあ、ラストソング」

ボーカルの発言が一切ないままMCが終わる。
詳細を聞きたがっている観客にボーカルが笑いかけ、ギターを弾き始めた。
最後はノリの良いポップな曲で、今まで静まり返っていた観客たちが一斉に騒ぎ始める。目深にかぶられた帽子は結局外されることはなかったが、時折のぞく口元はやっぱり、笑っていた。



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