帽子の下は?
小柄な体というイメージに限りなく近い、少年らしい声。少年にしてもいくらか高いかもしれないが、その声は曲によく合っていた。先ほどのハルヒとはまた違った魅力を感じる歌声だ。
どんなグループかもわからないが、観客席から何人かが叫んでいた。恐らくメンバーの知り合いまたは友人なのだろう、声がかかるたびにギターの男やドラムの男が笑顔を浮かべたりウインクをしたりと、些細な反応は返してくるものの、中央に立った奴だけは微動だにしない。
目深にかぶった帽子の隙間から、少し長めの髪の毛がはみ出てはいるが、やはり表情までは窺えなかった。どこかで見た顔の輪郭だな、と思いながら腕を組んで考え込んでいると、隣に立っていた古泉が笑顔を引っ込め、思案顔をする。
「……どうした?」
「……いえ……」
歌声が止まり、ドラムの音が静まる。と思った瞬間照明が移動し、センターの男に集中した。長門ほど、とはさすがに言わないが、普通の高校生レベルよりは高いであろう技巧で、そいつはギターを弾き始める。ソロなんてもんは緊張でろくに指が動かせないであろうに、何かをためらったり、焦ったりしている様子は見受けられなかった。
誰もが拍手の手を止めて魅入っているのがわかる。長門のように、ギター専門というのはまだわかるが、歌とギター両方をこなすというのが素晴らしく見えるのだろう。
「……?」
証明に照らされる手がえらく細くて、本当に女みたいだと思った。
短いギターソロが終わり、また歌声が響きわたる。高音に至っては本当に女だった。中性的、という言葉がひどく似合うその声に、曲が似合っているためか、聴くつもりもないのに否応でも耳に入ってくる。その声がひどく心地良い。
やがて一曲目が終わり、最初はまばらだった拍手が大きなものへと変わっていく。帽子の下から覗いた口元が、かすかに笑っているような、気がした。
「…………!」
何か引っかかっていたものがあっさりと繋がって、今まで感じていた違和感や不快感めいたものが一気に消化されていく。のはいいのだが、次にやってきたのはかすかな苛立ちだった。ぶすくれた俺の表情に気づいたのか、苦笑交じりに古泉が視線を寄越してくる。
「……どうしました?」
「うるさい。察せ」
無茶な発言にも古泉は薄い笑みを返しただけで、それ以上何も言わなかった。
ステージ上に立つ帽子やろうを睨みつけながらも曲に聴き入るという器用なまねをしてみせながら、指でリズムを刻む。悔しいことに、歌は本当にいいのだ。
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