男の甲斐性
遠目でもわかるそのシルエットに、思わず目が点になる。
「やあやあキョンくんにその友達たちっ!名前ぷーも来てくれたのかいっ?こっちこっち、いらっしゃ〜いっ!」
元気な声に誘われて教室の前まで向かえば、看板に書かれた『焼きそば喫茶・どんぐり』という文字が見えてくる。
ウェイトレスに紛争した鶴屋さんが、俺たちに向かって手を振っていたのだった。毎度思うが明るい笑顔だ。
「四名様ご来店ね。まいどっ!」
チケットの売り子をしているのか、教室の入口にぴったりとくっつけた机の前に立っている。もしかすると客寄せ兼任でもしているのかもしれない。この人の声はよく通るし、口がうまいので気付けば乗せられている、ということが多いからな。
「鶴屋さん、かわいらしいですねえ」
鶴屋さんの格好を見た名前が、ほんわかとした笑顔を浮かべてそう言った。メイドさんとメイドさんのご対面だな、とぼんやり考えていると、楽しそうに眼を細めた鶴屋さんがぱっと頭の後ろに片手をやる。
「いひっ。ありがと、名前ぷー!そういう名前ぷーもめがっさ似合ってるにょろ!」
メイド目当てでやってきているのか焼きそば目当てでやってきているのか(まあ男は大半がメイドだろう)、店は案外盛況していた。ちらりと覗き見た教室内は人であふれていて、がやがやと騒がしい。
「賑わってますね」
苦笑まじりにつぶやくと、鶴屋さんは口元を押さえてぷくくと頬を膨らます。
「そりゃ見ての通りさっ。格安の材料で作ったしろうと焼きそばなのに、ポンポン客が集まるんさっ。ボロもうけだよ、笑いが止まんないねっ!」
そうですか、そりゃいいことで。でもできればその裏事情は隠していただきたい。
ただ、鶴屋さんが言うとどうにも憎めないから困ったものだ。むしろ聞いているこっちが愉快な気分になってくる。
とりあえずその盛況しているらしい様子を考慮して、俺たちは教室の前にわずかながらできていた列の一番後ろに並んだ。
「ま、ちょこっと待っててくれたらすぐ入れるからっ。じゃ、料金は先払い!ちなみにメニューは焼きそばと水だけだからねっ!焼きそば一つ三百円、水道水はタダで飲み放題!」
水道水か。まあそれは別に良いんだが、水道水……水道水な。日本に住んでいてよかった。
とりあえず、あらかじめもらっていた割引券を差し出すと、鶴屋さんはふんふんと頷きながら割引券を数え、男衆の肩を叩く。
「うーん、そいじゃ、この三人で七百五十円っ。名前ぷーはタダでいいやっ」
「え、そんな」
「いいのいいの、男衆に払わせちゃいなっ。キョンくんたちも、ここは甲斐性見せなくちゃねっ!」
驚く名前をよそに、鶴屋さんが俺の腰あたりを肘でうりうりと突いてくる。言いたいことはほぼ表情ににじみ出ていたが、あえてそれに反応はしないでおく。一人当たりが三十パーセントオフより割高だが、まあ三百円よりは安いのだからそこは見逃そうじゃないかと、とりあえず財布を探った。
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