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異世界人の提案


「山田さん、ちょっと化粧してみません?」

何より人相を変えるには化粧しかないだろう。
山田さんはケーキ屋さんを始める前はとび職をしていたらしく、そこで出来たという細かな傷がそこかしこに散らばっていた。これがまた、なんともいえない危険さを醸し出しているのだ。
けれど、提案した私に山田さんは首を横に振った。

「だめだ。僕は食品を取り扱っている。化粧なんて、もしケーキに入ってしまったらどうするんだい。絶対にだめだ」

「そうですか……」

真面目な顔をしてこっちを見られると今にもちびりそうになるんですが…とは言えず、私はしゅんと俯く。
確かに山田さんの言うことも一理ある。私は街頭で配られていた試供品の化粧道具を鞄にしまった。

「苗字さんは、どうしてだと思う?」

「へ?」

「僕の店が繁盛しない理由。さっき見たら、試食は随分とウケが良かったみたいだ。けど、お店に入ったら皆さん怖い顔をして出てしまって…。内装がいけないのかな」

山田さん、洗面所に行って鏡を見てください。…とは言えず、私は黙り込む。
でもここははっきり言ってあげるほうが、山田さんにとってもいいだろう。意を決して顔を上げると、山田さんの随分疲れた顔とかち合った。
夜遅くまでレシピを考え、疲れきった表情。そのせいでできてしまった隈。指先は荒れていて、水仕事のせいでしわしわで、ところどころ切れている。
こんなにも頑張っているのに、顔のせいで売れないなんて言ったらどれだけショックを受けるだろう?

(…やっぱり言うのはやめよう)

私は口を閉じた。
そして、何も悪いことなんてありません。運が無いだけですよ、とフォローにもなってないフォローをして立ち上がる。
もう1度、外に出てこよう。1人くらいなら、怖がらない人だっているはずだ。



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あきゅろす。
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