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ベンチに移動


道の往来で泣いている美少女と、その美少女に縋りつかれている普通の男、はたから見たら俺たちはどんな風に見られているのだろうね。
ここでハンカチの一枚や二枚をさっそうと渡せば多少は紳士らしく見えるのだろうが、あいにく今日に限って持っていない。かと言って服の裾を引っ張り出して、さあこれで涙をお拭きなんてことも……うん、言えないな。
いや別に、毎日ハンカチを持ち歩いているというわけではないのだが。自分でハンカチを用意するなんてことは滅多にない。朝出かけるときに、名前がさっと渡してくれることはあるが。

「情けない……」

ぽつりと朝比奈さんがつぶやいて、また涙を流した。何がですか、と問いかけると、しゃくりあげながらも朝比奈さんが口を開く。

「自分が、情けなくて……あたしは、何も、わかってなくて……なにもできてない、それが、情けなくて……」

いえ、どちらかと言うと解らないのは俺ですが、という言葉は必死に呑み込んだ。
とりあえず、今日朝比奈さんが俺を呼び出した本当の理由はこれだろう。茶葉を買いたいなんて、今回のおまけのおまけのさらにおまけみたいなもんだ。
じゃあここで失礼、なんて言うのは……許されないだろうな。泣いている朝比奈さんを置いて行くなど誰であろうと許さん。だが、泣いている原因もわからないのに涙を止めるなんて俺には無理な相談だ。

「と、とりあえず、ここから移動しませんか。歩けます?」

「うっ……」

このままだと北高の男子生徒に見られ、朝比奈ファンに刺される確率がぐんと跳ね上がるのでな。
こくこくと頷いた朝比奈さんが、俺の腕にしがみついたままゆっくりと歩く。歩幅がもともと違ううえ、しがみつかれていると必然的に俺の歩みも遅くなった。
別に喫茶店に入ってもいいのだが、こんなにもぐしゃぐしゃに泣いた朝比奈さんと一緒に入ったら、店の中の男性陣全員から非難をくらいそうだ。
かと言って外で話をするのはあまりにも寒い。一瞬頭の中に長門の顔が浮かんできたが、いちいち話をするために長門の部屋を借りるのは失礼にもほどがあるだろう、俺。

(……となると、必然的にあそこになるわけだが)

半ば引き返すように歩いて、先ほどの散歩道に向かった。こんな寒空の下話をし合うカップルあるいは友人同士などおらず、ベンチはほぼ貸し切り状態。一応風があまり当たらないようなところを選び、座りこむ。
朝比奈さんをベンチに座らせて、少しばかり間隔をあけて俺も座った。相変わらず涙にぬれた頬を何かで拭いてやりたいのだが、もういっそあれだ、シャツちぎるか。
などと俺が考えていると、ふいに肩に何かの重みを感じた。



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あきゅろす。
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