違反車のナンバー
誰に対して罵ったのかもわからん、とにかく無我夢中だった。引き続きスローモーションで、自分自身がとろとろ歩いているようにも思える。
いまだ茫然と立ち止まったままの少年の、襟首をひっ掴む。うおお、とかだああ、とか何かよくわからん気合入れの叫びを発しながら、少年を後ろに放り投げた。勢いで俺も尻もちをつくが、そのおかげで前のめりに倒れることもなく、車の暴走を避けることができる。
「――――」
数センチもないほど近く、あとほんの少しこちらに傾いただけで俺のつま先はぺちゃんこだっただろうな、という距離を轟音とともにワンボックスカーが抜けて行った。そしてその車を眼で追うその瞬間、視界に入ってきた、あの、
(――なんで、名前、)
さああ、と静かに、向こう側の歩道に立っている人影が、こちらを見て、俺と目が合って、ぱちりと見開かれる。ああ、と名前を呼ぼうとした瞬間に車が流れて、車が消えたときにはもう、向こう側にはだれもいなかった。
錯覚か、と深く考える余裕はそこにはなく、一拍遅れてどっと冷汗が噴き出る。
興奮かも緊張かもわからん汗がだらだらと背中や額を流れていた。寒い季節だというのにいつになっても体温が低下しない。風邪をひいたときの感覚にもにているほてりが、心臓を中心として体全体に巡っていた。
「あ、の野郎……!」
まだ少しカタカタと震える体を叱咤して立ち上がる。少年はと言えば、まだ口をぽかんと開けたまま、通り過ぎていった車を見ていた。その体を起こしながら、いまだ冷めやらぬ怒りを吐き出す。
「なんだあの車、一歩間違えてたら殺人犯してたぞ。スピード違反に信号無視も、車でできる犯罪すべてこなしやがって。朝比奈さん、さっきの車のナンバー見ましたか」
一瞬視界にうつったあの姿と、とにかく必死で少年ばかりを追っていたせいか、ナンバーまでは見れなかった。朝比奈さんの動体視力がさほど良いとは思えないのだが(すみません)、念のため聞いてみる。
しかし朝比奈さんは、俺あるいは少年に向かってどう声をかけるでもなく、その場にじっとたたずんで、静かにぽつりと一言つぶやいただけ。
「これだったんだわ……」
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