道路をはさんで
歩道を挟んで向こう側、背の高いガードレールに隠れて見えなくなったが、あれは名前だった――と思う。今朝がた見た服装は当然記憶に新しく、見間違えた、という可能性は限りなく低い。
誰かに手を引かれているように見えた。その誰かの手、が、名前の手首をすっぽりと覆えるくらいの大きなものだったから、とたんに俺の心臓は跳ね上がる。誰だ、誰、と考えて、思考が激しく働いて、足元がおろそかになった。
「……キョンくん?」
俺が立ち止まったことに気づいたのだろう、数歩先を歩いて止まり、振り返った朝比奈さんが、きょとんと首をかしげる。はっと気づいて急いで追いかけたが、視線はどうしても向こうから外れない。
「何かあったの?」
「……いえ」
だが、確たる何かを見つけたわけでもない。朝比奈さんに余計な不安を感じさせるわけにもいくまい、俺は首を横に振り、あいまいにほほ笑んだ。
「そう……」
腑に落ちない表情の朝比奈さんは、しばらく俺の顔を窺うように見ていたが、やがて横断歩道の付近で俺の服を掴み、こっちですと言って反対方向に歩きだす。いや、この場合の反対方向とは、俺が見つけた疑わしきあの姿が向かっていった方向とは逆、という意味での反対方向であって、朝比奈さんが元来た道を引き返したわけではない。念のため。
遠ざかってしまったな、と思いながらもう一度視線を反対方向に向ける。中途半端なところにつけられた歩道橋のせいで何も見えなかった。
それからしばらく歩いて、なんとなく見覚えのあるところに辿り着いた。朝比奈さんはしきりに腕時計を気にする。しかも先ほどよりも頻度が高く、また表情にもせっぱつまったような何かが表れてきていた。
てくてくと進み、小さな後頭部を見下ろしていると、ああそう言えばとなんとなく引っかかるところを見つける。そうだ、そういえばここは、朝比奈さんが自分のことを未来人だとカミングアウトしたところじゃないか。
木々が生い茂る、人気のあまりない散歩道。休日だから多くてもよさそうなのだが、奥まったところに行けば行くほど人の気配は薄くなる。
朝比奈さんはどこに行くつもりなんだろう。もしかすると本人もわからず、ただ進んでいるだけなのかもしれないが。
「……まだなの……?」
え?
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