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奇妙な散歩


店から出るとき、いつもの癖で財布を取り出した俺を、珍しく朝比奈さんが止めた。曰く、今日は私が誘ったのだから私に出させてほしい、だそうで。
一応男の面子と言ったらいいのか、こんなに愛らしい先輩に金を出させるというのは俺自身が許さんのだが、朝比奈さんはかたくなに俺の財布を押し、あたしに奢らせて、と言ってきた。その瞳が何か、不思議な力を持っていたというか、断りきれない迫力があったと言うか、そにかく逆らえなくなって、俺はしぶしぶ財布をしまった。

デパートを出て、寒さにふるふると体を震わせながら、道を行き来する人の流れを見つめる。
一応、朝比奈さんが求めるところの用事は済ませた。ここで俺は「じゃあまた明日」と言って帰る権利を手に入れたわけだ。だが、それはさすがにあんまりだろう。
それに、なんだか予感もあった。恐らくは、朝比奈さんは俺を帰さない。また腕時計を見て、まるで意を決したかのように小さく頷くのが視界の端に見えた。

「……キョンくん、ちょっとお散歩しませんか?」

ほらきた。

いいですよ、と答えて朝比奈さんを見下ろす。ほっとしたような表情の朝比奈さんが、じゃあこっちにと言いながら歩きだした。じゃあどこに行きましょうか、ではなく、じゃあこっちに、という言葉に、ますます俺の不安が高まってくる。
この先に何かがあるのはわかっているのに、その正体がつかめない、漠然とした恐怖。言葉にできない焦燥のような、あまり心地のよくないものが、ぐるぐる心臓の周りをまわっている。

「…………」

散歩だというのに浮かない顔で進む朝比奈さんは、時折腕時計だけではなく、周囲をも見渡していた。キョロキョロ、おどおどした動作が、まるで何かに怯えているようだ。
ストーカーにつきまとわれている女性はこんな動きなのだろうな、とも思ったが、別に後まで注視している様子はない。これから起こりうることに対して身構えているようにも見える。
どこまで行くんですか、と聞いてはいけないように思えた。むしろ今の彼女は、話を聞いてくれそうにない。上の空でただ、決められた道を歩いているような。
話しかけるタイミングを逃し、俺は視線をどこに向けたらいいのかわからず遠くを見た。

「……?」

そのときだ。視界に、見知った誰かが通り過ぎて行ったような気がして、顔をあげる。俺が顔をあげたことにも朝比奈さんは気付かず、ちらちらと腕時計を見下ろしていた。
一瞬視界の端を掠めていったあの横顔は、姿は、

「名前……?」



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