アンニュイな天使
部室前につき、二人して立ち止まる。ちらりと名前を見下ろすと、名前は手を伸ばしてドアの前にかざした。俺を見上げてくる。
この時間帯は、朝比奈さんの着替えタイムと被ってしまうことが多い。よって俺は、名前にドアをノックしてもらうことが多かった。誰もいなければ問題ないが、朝比奈さんがいると非常に(俺が)気まずいからな。
コンコン、と軽いノックの音が響く。いつもならばこの数秒あとで、「はぁい」と若干舌っ足らずな声が返ってくるはずなのだが、
「…………」
「…………?」
返ってこない。
恐る恐るドアノブを握った名前が、軽くそれを回す。何の抵抗もなく回ったそれを見て、二人どちらともなく顔を見合せた。開いてるよねえ、と名前がつぶやき、俺を見てくる。開けてもいいかということなのだろう。いやそれは俺に聞くんじゃなくてお前が判断しろよ。
「……じゃあ開ける」
いささかむすっとした様子の名前は(何故だ)、中に誰もいないとわかったからだろう、大きな動作で勢いよくドアを開けた。開いた瞬間誰もいない部室が展開していると思っていた俺たちが、一斉に止まる。
つまり、部室の中にいた。人が。長門ではなく。
「…………」
古臭いパイプ椅子に腰掛け、室内掃除用の箒を手に持った朝比奈さんだ。
俺たちがドアを開け、中に入ってきたことにも気づいていないらしい。箒をきゅっと握ったまま、幼い横顔を俺たちに晒している。視線は窓の外に向いているらしく、こちらに向くことはない。
いつも顔に浮かんでいる、ほんわかとした笑顔や、ハルヒにいじられて涙ぐんでいる表情はどこにも見られず、そこに浮かんでいるのは見慣れないアンニュイな表情だ。
再び名前を顔を見合わせ、同じタイミングで首を傾ける。声をかけるべきかどうか目で相談し、名前に任せることにする。
「…………みくるちゃん?」
名前が声をかけると、朝比奈さんは大きな目をぱちんと瞬かせて、猫であれば全身の毛を逆立たせていただろうな、と言うほどの驚きとともにこちらを向いた。
「えぁっ、はぁいっ!」
立ち上がる勢いが強すぎたのか、椅子が倒れて床と衝突する。「あっあっ……ごめんなさいぃ」謝る必要などないのに謝りながら、朝比奈さんは慌てた様子でしゃがみこんだ。が、そのせいで手に持っていた箒が椅子とは正反対の方向に倒れ、それにまた驚く。素晴らしい、漫画のような展開だ……。
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