絶望の問題
「……それは、このままどうやっても戻らない、って言うことなのか?」
肯定されたくないことだとわかっていても、聞かずにはいられなかった。背中あたりにいやな汗をかいているような気がしてどうにも居心地が悪い。
長門は俺を見るなり、考えるように二回ほどゆっくり瞬きをする。
「望み薄、というわけではない。双方の身体的・精神的部分が残っているため、すぐにどちらかが消える、という事態にはならないはず」
「すぐに?」
やたらと引っかかる部分を指摘すれば、長門はぱちりと瞬きをひとつして、やや声のトーンを落とした。
「……時間が経過すれば、取り返しのつかないことになる可能性もある。違う人間の身体に違う人間の精神が入りこめば、それが定着することも十分に考えられる」
つまり、それは。
「名前さんの人格が消え、涼宮さんの人格が定着する……ということですか?」
俺の言いたいことを代弁した古泉が、笑顔を消して長門を見た。
たとえ毎回テストで赤点すれすれの点数をたたきだす俺であっても、ことの重要さくらいはわかる。それは本当なのか、と聞く前に、長門が口を開いた。
「消える、という言い方は必ずしも正しくない。もしこの事態が一時的なものであれば、何事も起こらず元に戻るということもある」
こともある、と言うだけで、決して安心していい場面じゃないわけだ。
「どうにか……」
小さくつぶやくと、長門がゆらりと視線を俺の唇に向ける。
自分でも驚くほど、覇気のない声だった。半ば掠れてまでいたような気がする。
「……どうにか、ならないのか……?」
俺は、名前が消えるのはいやだ。
ハルヒの体がなくなってしまうことだって、いやだ。
縋るような気持ちで長門に問いかける。まだ、希望を捨てたわけじゃない。情報統合思念体だってこの世界にまだいるようだし、もしかしたら助けてもらえるかもしれない。
だが、長門が口にした言葉は、俺を絶望の淵に追いやるような一言。
「……今回の件について、情報統合思念体は一切の関与をすることはない」
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