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急がば回れ(3)



 水仕事、とは、基本的に洗い物を指す。それが皿であれ衣類であれ、水を使っているのであれば大概が水仕事だ。
 対して水商売とは、基本的に夜の仕事を指す。それが表であれ裏であれ、働くところがそういったお店であれば他人から向けられる生ぬるい視線は一緒だ。俗に言うキャバレー、キャバクラ、スナック、エトセトラ。客の人気や贔屓によって儲けが左右される仕事であればなんでも水商売らしいが、世間一般の認知としてはそういうお店だろう。
 何が言いたいかと言うと。

「仕事が決まりました」

「そうかい。早かったじゃないか」

「ええ、まあ……」

「で、どういうとこなんだい」

 キャバクラの事務です。

 私のような出自不明の人間でも、使えると判断されれば雇われるものなのだなと妙に感心した。天涯孤独で日々を生きていくのに精一杯なんです、と電話口で切々と訴えてみたところ、妙に感動してくださったのがあちらさんの採用担当だ。コンビニやスーパーで出自は明かせませんが雇ってくださいと言ってガチャ切りされた回数は計り知れない。いやさすがにそこまでおっぴろげにはしてないけれど。
 どこかうまそうに煙草を吸いながら目を細めたお登勢さんが、短かったねぇ、とつぶやいた。本当に、短かったと思う。我ながら。一ヶ月、せめて二ヶ月以内には決まればいいと思っていて、結果的には二週間。たった二週間しかお世話に、いや、二週間もお世話になったから、どうも胸にこみあげてくるものがある。

「たまには遊びに来な」

「はい。絶対来ます」

「着物はそのまま持って行きな。私はもう着ないからね」

「……ありがとう、ございます」

 なにかうまいもんでも作るかねえ、そう言いながら腰を上げたお登勢さんが、グラスに水を注ぎに行く。その後ろ姿を見ながら、頭の中ではしょうもないことを考えた。仕事が決まったとほぼ同時に、お登勢さんのご友人だというおばあさんが管理するボロアパートに移ることが決まったので、何を持っていこうかとかそういうことだ。家具家電はしばらく変えないだろうから、毎日の食事はどうしよう、とか。最初の一ヶ月は地獄だなと思いつつ、ゆるい瞬きをする。

「そう言えば、銀時にはもう言ったのかい」

「ぎんとき?」

「上の穀潰しだよ」

 ぎんとき……ぎんとき。上の。あ、そう言えば、上に住んでいる人がいたんだっけか。ここで働かせてもらうようになってからこちら、あの青年に挨拶にも行ってなかった。お礼を言うべきかとも思ったけれど、うまい言葉が見当たらずここに至る。だって仕事くれてありがとうございますって、実際に仕事をくれたのはお登勢さんだしなあ。紹介してくれてありがとうございますって、さほど紹介らしい紹介をされたわけでもないしなあ。まあ、彼もそこまで恩着せがましそうな人ではなかったし、会ったらお礼を言うくらいでちょうどいいだろう。

「まあ、また今度」

 考えに考え抜いて出てきた言葉をそのまま口に出すと、なぜかお登勢さんが笑った。




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