日々の消化(4)
ぴゅうぴゅう強い音がするくらい強烈な風が吹いてきたので、大将が店のまわりにビニールシートを張った。一瞬身震いするような寒さが体を駆け抜けてから、遅れておでんの温かさが染みてくる。そんなに長居するつもりはなかったのに、どうやら一時間以上経っていたらしい。
これだけ寒いと屋台に寄らずに直帰する人が多いのか、沖田さんが来てから来客はなかった。次に誰か来たら帰ろう、そう思っていたというのに。
「しかし、アレだねェ。一人で屋台たぁ、なかなか珍しいですぜ」
「まあ、初めてですよ。一人で来るのは」
「ふうん」
こっちの世界に来るまでは、一人で屋台になんて入れやしなかった。友達や同僚がいて、なんとかのれんを潜れていただけで。けれど今は、そんな相手がいない。お妙がいるといえばいるけれど、仕事が終わってから屋台に寄る心の余裕がないし、食べたい! と強く思ったときに、お妙がいるわけじゃない。携帯で呼ぶこともできない今、一人で入るしか選択肢はなかった。
「酒は、好きなんですかィ?」
「普通……よりは、好きでしょうね」
ていうかここに来て思い出したけど未成年じゃなかったのかあんたは。おまわりさんこっちです! いや、こいつがおまわりだった。世も末だ全く。
「沖田さんは好きそうですね、お酒」
「そりゃまーな。娯楽が少ないからねェ」
「…………」
少ないか? 少なくとも、私がいた世界なみに娯楽は溢れてると思うけれど。と言うか“とんしょ”にはチラリと入っただけだけど、テレビがあった。パソコンもあるみたいだし、結構近代的じゃなかろうか。この周辺じゃないけど、職場周りにはゲーセンもあったし。というか一体なんなんだこの世界は。
なんとなく、違うんだろうな、と感じた。娯楽が好きとか、そういう理由だけじゃない、何かが。けれど、それを追求する気には到底なれなかったし、追求したところで沖田さんは何も言わない気がした。
「うどん、ありますか?」
「あるよ」
「じゃあ、それ」
ついでに徳利に残っていた熱燗をとっとと飲み干して、ビールを頼んだ。うどんにビールって、ちょっと合わない気がするけど。ほどよく体が温まってきたので、軽いなにかを飲みたかった。
「もうシメですかィ?」
「お腹がよくなってきたので」
「ふうん」
親父ィ、豆腐となると追加、と声を上げた沖田さんの横顔をじっと見つめてみる。酔いが回っているのか体が温まっただけなのかはわからないけれど、頬はほんのり赤くなっていた。こうして見ると、やっぱり幼い。これだけ幼いのに、もう働いているんだ。それも、警察だなんて。命の危険も晒される、危ないところで。
「……なんでェ」
「いえ。別に」
とん、と音を立てて目の前に置かれたうどんの器を引き寄せて、ずるずると啜った。今だけはなんとなく、仕事頑張ってくださいね、などとは言う気になれなかった。
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