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やばい人(3)



 食事を終え、冷たい飲み物を飲みながら談笑する。お妙は、私にいろんなことを教えてくれた。弟がいて、その子の名前が新八だということ。親は二人ともおらず、父親が残した道場を復興するためにキャバクラで働いていること。得意料理は卵焼きなこと。

「でね、新ちゃんたらすごいのよ。視力低下の原因は私の料理って言うの」

「そ、そう……」

 対して私は、ただお妙の話に相槌を打っているだけだ。私からは、何も言わない。例えば今日出てきた料理の何が好きでこういった食材は嫌いだとか、そういう話はするけれど、お妙のように身の上のことは何一つ触れない。お妙からも触れられないから、存分甘えさせてもらっている。
 おもむろに外を見たお妙が、あらやだ、と声を上げた。つられて外を見ると、もうすっかり明るくなっている。暗かったから今が夕方くらいなのかと錯覚していたが、そうか、世間では今から一日が始まるのだ。

「もう帰らなきゃね。ごめんなさい」

「何が。楽しかったよ、ありがとう」

 普段のゴリラ並みな気性を全く見せることなくお上品に笑ったお妙は、伝票を持って立ち上がった。それを半ばひったくるように掴む。父様の遺された道場を復興するために頑張ったのだ、なんて聞かされたらちょっとしたお金でも使わせたくないではないか。自分だって結構生活はギリギリだけど、どうせお金をかけようと思えるモノも見つからないから別にいい。

「あ、名前。ちょっと」

「お会計分けるの面倒だから、一緒にやっちゃうね」

 追いかけてこようとするお妙を振り切り、レジに向かった。既にカウンターに立って待っている店員が、こちらを見てにこりと笑顔をつくる。伝票を渡して財布から金を出し、十分にお釣りが出る札を取り出したところで後ろから妙な声が聞こえた。

「お妙?」

 振り返ると、鬼の形相をしたお妙となぜか笑顔全開で多幸感に満ち充ちたゴリラ。呆気にとられて動けないでいる私の手から店員が一万円お預かりしまーす、と言いながらお札を抜き取っていく。いやいやいや。なんでここにゴリラ。

「……お妙、外出よう。とりあえず」

 今にもゴリラをはじき飛ばさんとしているお妙の拳に手のひらを置き、もう片手で外を指さした。ここで乱闘騒ぎはなんとかしたい。しかしこのゴリラ、まるでお妙の匂いを辿っているかのごとくどこにでも現れるな。こんな早朝からお疲れさまですというかなんというか。この世界でセクハラだのストーカーだのの言葉が通用するのかはわからないけど、一回おまわりさんに突き出したほうがいい。いや真剣に。

「お妙さん! 奇遇ですね!」

「二度と顔見せんなっつったろゴリラアアァァァ!!!」

 外に出たその瞬間になにかが解き放たれたかのようなお妙の一撃。ゴリラが華麗に飛んでいく。それをぼうっと見ながら私は、片手で釣りを財布にねじ込んだ。もうここで自然にフェードアウトしたいけど放置したらしたでなんか面倒そうだ。

「おい近藤さん、これから見回り……あぁ?」

 またも聞き慣れた声に振り返ると、あの瞳孔さんが立ち止まってこちらを見ていた。ゴリラとこの人はセットと考えればいいのか。というか嫌だなこのセット。

「……おはようございます」

 とりあえず挨拶をすると、なぜか疲れたようなため息と共に「……あぁ」と返される。まあこんなゴリラを上司に持つといろいろ大変だろう。心中お察しする。
 ここは瞳孔、じゃなかった土方さんにおまかせして私は帰っていいだろうか。ゴリラとお妙を二回ほど見てみたが状況は何も変わりそうにない。土方さんも同じようなことを思ったのだろう、盛大にため息を吐いてこちらに歩いてくる。

「お疲れさまです?」

「なんで疑問形なんだよ。……お前も、仕事明けか」

「ええ、まあ」

 前にいた世界では日が暮れたら家に帰って日が昇れば会社へ行く、というサイクルだったから、今はなんだか変な感じだ。生活バランスはもうすっかり今の状態で固定されてしまったから、違和感というほどでもないのだけれど。
 土方さんは何かに気づいたように数回瞬きをし、こちらに向く。

「そう言えばお前、俺のスカーフを知らねえか?」

「スカーフ……ですか? ああ、そう言えば」

 前に近藤さんが吐いたとき、汚物がかかったとかなんとかで外していたものがテーブルに置きっぱなしだったような。そしてそれを私が回収して洗って干したような。当然ながら、こんなところで会う予定はなかったので持ち歩いてはいない。という意図を込めてちらりと見上げると、それだけで察してくれたのかまたため息が返ってくる。

「まあ、早急に必要なもんでもねえが……あれがないと締まりがねえ。次行ったときに返してくれ」

「はい。なんでしたら、今から取ってきますけど」

 どうせ鍵を持っているのは私なんだ。今からちゃちゃっと行ってくれば数十分で戻れる。土方さんは驚いたように数回瞬きをして、どうしようか悩んだように黙り込んだ。そして場が静寂に包まれると、遠くからお妙の罵声とゴリラの悲鳴と打撲音が聞こえてくる。耳をすまさなければよかった。

「だが……いや、しかし」

 悩む土方さんの後ろから、これまた見慣れた……はっきりとは思い出せないが、確実に見覚えのある青年が歩いてきた。

「何してんでィ、土方さん。ナンパなら土手でやってくだせェよ」

「なんで土手!?」

「俺が見下せるからでさァ」

「お前見下すっつった? 見下ろすじゃなくて? ていうか総悟、テメエェェェェ!!!」

 あ、思い出した。大江戸スーパーの酒コーナーだ。
 思い出して気持ちがすっきりしたところで、何かのタイミングを読んだかのように近藤さんが地面に伏した。




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