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やばい人(1)



「お前はあの女……志村の友人なのか?」

「え」

 カウンターに誰かが寄りかかってきた、と思ったら見覚えのある瞳孔……じゃなくて顔があった。この人せっかく顔のつくりはいいのに瞳孔で三割損してる。もうちょっと穏やかな目だったらあらゆる女性からコナをかけられていただろうに。
 以前あのゴリラとこの人が一緒に来たのが四日前。来るペースが早い気がする。ゴリラはお妙を目当てで来ているからまだわかるとして、この人はなんで一緒に来ているんだろう。誰か目当てのホステスがいるわけでもなさそうだ。暇なのか、あるいは会社付きあいか。雰囲気から察するに、付き合い、かな。そんなしょうもないことを考えながら、問われたことに答える。

「友人ですけど、同僚です」

 本当は先輩、と言ったほうが良かっただろうか。あるいは上司。けれど、この業界ではそういったくくりがあまりない。実力の世界だから、たとえ早く入っていようが客を多く取れば勝ちなのだ。まあ私は事務方だからそういうのは関係ないんだけど。ということは私は同僚云々より小間使いと言ったほうがいいのか?

「そうか」

 私の葛藤をよそに、目の前の人はなにかを納得したようだった。どこからか取り出した煙草を唇で挟んだので、灰皿を出してカウンターの上に置く。禁煙コーナーを一部設けてはいるが、基本的に喫煙可だ。私は煙草を得意としないので、できることなら吸わないでほしいけれど。

「しかし、見ない顔だな。最近入ってきたばかりか?」

「……ええ。つい三週間ほど前に」

「そうか」

 さっきからそうかそうかって、私の返答に興味がないならそもそも聞かなきゃいいのに。
 とぼんやり考えながら、帳簿を閉じた。仮にもお客様がいる前で金の計算はよろしくない。代わりに、ボロになった生地でぞうきんを縫う。お裁縫ができる女性ばかりかと思ったらろくに針も持ったことがないような子たちばかりだったので、こういった雑用は全部引き受けた。というか暇だし。

「どうしてここに入った。あの女が友人だからか?」

 どうもホステスと酒を飲みながらキャッキャウフフするのが得意ではないらしい男の人は、ここから去る様子もなくただ淡々と質問を繰り出した。私は玉結びをしながら、いいえ、と小さくつぶやく。そんな不純な動機でこんなところに勤める人がいる……かもしれんが私はそんなことはしない。

「お妙と友人になったのは、ここで働き始めてからですよ」

「……そうか」

 今度は少し間を置いて、男の人が答える。ふ、と吐き出された煙が目の前を過ぎていった。煙は私の少し前をふらふらと流れていくのに、匂いだけはしっかりと届く。鼻の奥にツンとくるような、苦すぎるコーヒーを飲んだ時のような、すぐに消える不快感。

「お前、出身は?」

 唐突に――いや、この流れで言うとさほど唐突ではなかったかもしれないけれど、予想だにしなかった言葉に体がぴたりと止まった。繰り出す質問のストックがもうなくなったのだろうか。どう答えよう、と少し考える。なんだかまるで、尋問されているようだ。この人が何をしている人かは知らないけれど、まるで警察を目の前にしたときのような威圧感を感じる。

「……私は……」

 どう答えよう、そう思いながらとりあえず口を開いた、そのときだった。

「土方さん」

 涼やかなお妙の声。視線を動かすと、すぐ近くにお妙が立っていた。一緒にお酒を飲んだのか、若干頬が赤い気もするがいつもの穏やかな笑みを浮かべている。どうしたのだろう、と思いながらお妙を見るが、お妙は土方さんと呼ばれた男の人をじっと見つめていた。顔が赤いお妙と男の人、なんだかこの構図だけ切り取って見ると、告白シーンのようだ。ところがお妙の口から飛び出すのはロマンティックさのかけらもなく。

「さっさとあのゴリラ連れて帰ってくださらないかしら?」

「ん……おお。もう潰れたか」

「今度吐いたら清掃代請求しますからね。吐くなら屯所で好きなだけ吐いてくださいな」

「…………」

 とんしょ?
 よくわからないが、やっぱり職場の同僚か、あるいは上司と部下の関係なのだろう。でもそう考えると、あのゴリラが上司で土方さんが部下なのか。不思議。
 ため息を一つ吐いた土方さんが、煙草を灰皿に押し付けてぐりぐりと揺らす。ゆっくりと手を離して、無言で去って行った。ホールに消えていく大きな背中を見送り、カウンターに寄りかかってにこにこと笑っているお妙を見る。

「ドンペリ、出た?」

「出させたわ」

 お妙もゴリラもどっちもやばいわほんと。




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あきゅろす。
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