[携帯モード] [URL送信]
(Appearance)



 雨が、降っている。

 住むところを決めてからすぐ、狭いこの街を歩いた。歩いて、歩いて、覚えた。もう誰にも聞かなくていいように、迷わないように。
 学校からの帰り道、となりには誰もいない。誰にも、いてほしくない。半ば逃げるように校舎を出て、ひっそりと帰る。誰からも、好かれる必要はない。ただ、学校へは行けと言われたから、人の少ないここへ来ただけで。

「…………」

 犬がいた。目の前を、ゆったりと歩いている。時折雨のこないところへ逃げては、体をぶるりと震わせて水を飛ばす。色は茶色だったけれど、まるいしっぽやころんとした体が、いつも一緒にいたあの犬を連想させた。

(やめて)

 つられて、彼のことが頭に浮かぶ。犬から引き出されたように、すっと、頭の中に。彼とあの犬を連れて、散歩に出かけたことが、彼が笑っていたことが、思い出される。

(いやだ)

 また、逃げるように走る。物音につられて犬がこちらを見た。すぐに興味をなくしたように、どこか別の場所へ走っていく。それでいい。こなくていい。私は、何もあげられない。何もしたくない。
 にゃあ、と鳴き声がして視線を移すと、今度はそこに猫がいる。人が少ないかわりに、野良の犬猫がたくさんいるようだった。誰彼もが餌をあげているのだろう、新参者の私にも近寄ってくる。この寒い中、餌をくれとねだっているようだった。
 猫なら、いい。猫なら、なにも問題無い。でも。

「ごめんね、餌持ってないの……」

 わかるかな、と思いながらつぶやくと、猫はにゃあ、と小さく鳴いた。それから私の横を駆けて行く。視線で追えば、その猫は河川敷近くの休憩所へ走って行ったようだった。雨で視界が悪いけれど、誰かがいるのは見える。
 黒地に白でドクロの描かれたシャツ、金色の髪、ちかちかと光るから、おそらく鼻ピアス。座っているものの、背が高いのだろうということが想像できる。猫はその人の足元に擦り寄って、餌をねだっているようだった。その人は、だるいですよ、というポーズを見せたいがためのようなわざとらしいため息を吐いて、ポケットから何かを出している。
 猫がそれを食べるさまを、近くでその人が、遠くから私が、見た。その人はゆっくりと顔を上げ、こちらを見る。目が合って、たぶん、「あぁ?」と言われたと、思う。

「…………」

「なんだよ、テメェ」

 たぶん今のはガンつけで、私を威嚇したのだろうけれど、何も怖くなかった。昔路地裏で見たような、あの毒々しい気配がそこにはない。格好だけを取り繕った、という言い方はあんまりよくないけれど、たぶんそんなもの。いいひと、なんだろう。彼は、ガンつけた相手が無反応なことに驚いてか、ぽかんとしている。それに会釈をして歩き出す。田舎は、人がいなくて歩きやすい。




[*←][→#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!