Reduce the price
二度目は、ジュネスだった。
「……あ」
思わず声を上げると、それに気づいたのか彼女が顔を上げる。あちらもすぐにわかったようで、ぺこりと一礼された。
またあの制服に身を包み、惣菜売り場でかごを片手に佇んでいる。近くに親御さんらしき人物は見当たらない。一人で買い物に来ているのだろう。菜々子の代わりに買い物に来た自分と同じように、お使いなのかもしれない。
「こんにちは。……買い物ですか」
「ええ、まあ」
もう少し会話が広がるかとも思ったが、そうでもなかった。ええ晩御飯の買出しなんです、とかそういったことを言われれば、何を食べるんですか、とも続けられたが。会話が嫌いなのかもしれない。それとも、俺自身が警戒されているだけかもしれない。
もし、食材を探すのに手間取っているなら手伝おうと思ったが、申し出たところで断られそうな気がしたのでなんとか押しとどめた。
「転校してきたばっかりで何かと大変でしょうから、困ったことがあったら言ってください」
かわりに、自分でも驚くほど丁寧な言葉が出る。それには彼女も驚いたらしく、数秒置いてから、どうもご丁寧に、とだけ返された。
この場にいるのが嫌だと言わんばかりに彼女が去っていく。思えば、誰かと一緒に歩いているところを見たことがない。まあ越してきて一日そこらですぐ、というのは難しいかもしれないが、例えば俺だったら花村たちのように声をかけてくれる人がいたから、なんだか不思議だった。でもそれは彼女なりに事情があるのかもしれないし、もしかして人が嫌いでこうした田舎にきたのかもしれないし、と考えればきりのないことを考える。
とりあえずと惣菜を選んでいるなか、よーっす、と声をかけられた。振り返らなくても声の主はわかっている。振り返れば案の定、エプロンに身を包んだ花村が立っていた。手に持っている割引のシールを見るに、惣菜の値引きをするために来たのだと言うことがわかる。
「いらっしゃいませ、お客サマ」
よーっす、の後にお客様と言われてもと思いながら軽く挨拶をした。花村は慣れた手つきで、惣菜にそれぞれの値引きシールを貼っていく。ちょうど花村がそれを貼るのを待っていたのだろう、どこで待機していたのかと思うような勢いで主婦たちが惣菜コーナーへ集まり出す。
全てのものへ値引きシールを貼った花村は、こっち、と手招きして野菜売り場へと誘導してきた。聞くところによると、シールを持ったまま歩いていると難癖つけて値引きしろ、と言う人がたまにいるらしい。なるほど。
「大変だな」
「もーほんとよー。別に慣れたからいいけどな。で、お前は?何買いに来たわけ?」
などと言いながら俺のかごの中に手を突っ込み、一つだけ入れていた惣菜に半額のシールを貼った。先ほどまで二割引だったものが半額とはありがたい。顔を上げると、いつものお礼、と花村がウインクする。ふざけてこういうことはよくするが、花村という人間がするのは問題無いだけで、ほかの人間がやれば相当格好がつかないだろう。
「牛乳と、ひき肉と……あと野菜をいろいろ」
「おまかせあれ。取ってきてやろっか?」
「いや、それは別に……」
ただでさえ忙しい花村を自分の都合で動かすわけにはいかないので断ったが、当人は全く気にしていないようだった。俺が探しているものを一緒に探し始め、これとかおいしいんじゃねーの、と言いながらこちらに持ってくる。
と、その視線が、俺の後方へと注がれた。花村の視線には、よくつられる。今回も例に漏れず、するするとその視線をたどっていった。その先にはまだあの人がいて、ぼんやりと野菜を見比べている。大根ハーフサイズと一本まるごとを交互に見比べて、なにかため息を吐いていた。
「あの人……」
花村が小さくつぶやいたのでそちらに視線を戻す。一人暮らしでもしてんのかな、と、そう続けたので、曖昧に相槌を打った。もしそうなのだとしたら、なんとなく違和感が拭えない。勝手なイメージとして、高校生は大人の保護下にあると思っていたから。
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