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(Critical phase)



『あらら?招かざる客が来てるみたいだね!僕が求めてるのはナイスなボーイ……君みたいな子じゃないんだよ!』

 どこからか声が聞こえた。何を誰に対して言っているのかはわからない。館内放送でうっかり妙な会話が流れたのかと思うけれど、招かざる客とはもしかして私のことなのだろうか。
 勝手に入ってきたのは、申し訳ないと思っている。でも、これでわかった。ちゃんと人はいるんだ。タルタロスみたいに迷い人がいるのではなく、はっきりと喋ることのできる、意思のある人がいる、それに少しだけ安心する。でもそんなことに安心して、気を抜いている場合じゃない。それにその人が私にとって、良い人である確証もない。招かざる客という言い方は、まるでこの妙な建物の持ち主みたいなものだから。

「しつっ……こい!」

 思わず口から本音が転がり出た。
 走っても走っても、片っ端からシャドウが湧いて出て、鬼ごっこの鬼が増えているような状況になっている。もう階段を何回上がったか覚えていない。幸いなのは、さほど知能のない、かつ足の遅いシャドウばかりで、逃げることができるということ。ただ、このまま上に上がり続けたところでいい結果が出ないのはわかっているし、私自身どうにかしなければならないとも思うけど、何も出来ない。

「ペルソナ……」

 もしここに召喚器があれば試してみるけれど、ない。鞄ごとない。確か私にこれをくれた先輩は、召喚器がなくても一応の召喚はできると言っていた。ただ、召喚器を用いないで召喚したり、別の人間の召喚器を使ったりした何人かが、ひどく体力を消耗してすぐに倒れたというデータを見ている。もし仮に、召喚器を用いないで召喚して、ここで追いかけてくるシャドウをいくらか蹴散らすことができても、その後の自分の身が危うい。

「ッ!」

 分岐路で、別の通路からまたシャドウが増えた。自然に逃げる道が限られてくる。扉を開けながら進んでいるから階段があればすぐにわかるはずだが、通れなかった通路に階段があればもう最悪だ。

「あ、った!」

 道は繋がっておらず、今まで私が通った道を戻らないと下りの階段にはいけない。よって、見つけた階段をすぐ上る、ということしかできない。一応階段を上がるとシャドウがついてこなくはなるのだが、その階に上がってすぐ別のシャドウと出会うので、以下繰り返し。下りても下にシャドウが固まっているところを想像すると、振り切って下りる気にもなれない。
 もしタルタロスと同じ原理ならどこかに転移装置があるはずだが、そんなものも見当たらなかった。一体ここは、どういうもの?

 頭の中に、彼が浮かぶ。何かに追い詰められたり、苦しくなったりすると、彼の顔が浮かぶ。心の拠り所にしているみたいで、彼に頼りきっているみたいで嫌なのに、彼を思い出すことをやめられない。
 苦しさと、悲しさで涙が出てきた。こんなところで泣いている場合じゃない。悔しい。胸がしくしくと痛んで、息ができなくなる。

「ひゃっ」

 涙を拭おうとした瞬間に木目に躓いて、膝から倒れた。少し距離があいていたはずのシャドウが、一気に近づいてくる。――だめだ、もう無理に喚ぶしかない。そう思ったところで、ポケットに入っているものに気づく。
 そう言えば、お守り代わりにまだ持っているものがあった。もう使う場所はないけれど、なんとなくきれいで、あの先輩も持っておけばいい、と言ってくれたから持っていたものだ。この空間で使えるかはわからないが、何もしないよりはいい。

「当たって……!」

 手に持っていたそれを、力いっぱいシャドウの群れに投げる。メギドジェムは大きな音を立てて、シャドウを粉砕した。

「……よ、よかった……」

 安心して、振り絞っていた足の力が抜ける。走りすぎたのもあって、足に力が入らない。気が抜けて、目尻に残っていた涙がほろほろと落ちる。あの先輩にお世話になりすぎて、あちらに足を向けて寝られないな、なんて思いながら、ゆっくりと倒れ込んだ。
 そう言えば、ここ、何階だろう。結構上がってきたから、片手で数えられる階ではないと思うんだけど。
 起き上がり、あたりを見渡す。このままここで待っていても救助が来るとは思えないし、廊下を先ほどからシャドウが行き来しているのを見ているので、階段か、シャドウのいない部屋で少し休憩したい。
 運の良いことに、少し扉をあけたくらいではシャドウはこちらに気づかないようだった。中の様子を伺ったり、ものの後ろに隠れたり、と慎重に動いていると、気づく気配もない。ここにいるシャドウはタルタロスにいるものと違って、知能が極端に低い、あるいはレベルの低いものばかりのようだ。

「あ、なにもいない……」

扉をあけた部屋の中は、今までの部屋と比べて少し広いのに対し、シャドウが一体もいなかった。稀にそういうこともあるので、安心して入る。扉を閉めたところで、罵声のようなものを浴びせられた。

「な〜んでキミが来るんだい?女はお呼びじゃないんだよ!」

「え……」

 激しい熱気と、目の前に立ちこもる湯気の中から、ふんどし姿の男の人が出てくる。様相や表情こそ違うものの、以前雨の日に、猫に餌をあげていたあの人だ。
 彼の表情は嫌悪感にまみれていた。そう言えば、この声。先ほど館内放送かと勘違いした、あの声とそっくりだ。

「これじゃ会場が白けちゃうだろ!消えちゃいな!」

 彼の後ろからゆっくりと出てきたのは――シャドウ。それも、感じからして強い。この体躯、癖のある動き、覚えている。

「ギガス……!」

 物理攻撃の強いシャドウで、体力も高かったはずだ。今、身には何もつけていない。タルタロスで活躍していた防具も武具も、何一つ。ギガスは肩をぐるぐると回しながらこちらに歩み寄ってきて、その後ろで、以前会った彼が、にやにやしながら見ていた。
 助けて、と言ったところでこの人は助けてくれないだろう。というか、彼は本当に以前会ったあの人なんだろうか。見た目や喋り方はもちろんのこと、私が感じた雰囲気までもが異なっているような気がする。

「あなた……、あの人じゃない」

「何を言ってるんだい?命乞いなら、間違ってるよ。見たくはないけど、キミで前座を飾ろうか……」

 ギガスが私の前に立つ。大きな腕が振り上げられた。もう手元にジェムは残っていない。逃げる力も、気力も。

 でも、これで、あの人のところへ行けるのだろうか。




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あきゅろす。
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