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ふたりだけの世界
「別れましょう、謙也さん」


最近光の様子がおかしかった。
ふとした瞬間に見える、悲しそうな表情。
何か悩んでる、っていうんもなんとなく解っとった。
でも、それを聞いたらいかん気がした。
やから、それには気付かん振りをして。
それやのに。



「何、で…?」


何とか絞り出した声は掠れて、自分ですら聞き取りにくかった。
光は苦しそうに眉間に皺を寄せながら目を閉じて、
あかんのです、って小さく言った。


「無理、なんですよ。男同士なんて」


何で、何で、
じゃあ何で光はそんなに苦しそう?


「俺、のこ と…嫌いんなった…?」


頷くことも、否定も肯定もなく、光は「さよなら」とだけ言って去っていった。

光は残酷や。
せめて嫌いだと言ってくれれば、泣くことだってできたのに。














謙也の様子がおかしかった。
何かあったんか?って聞いたら、「光と別れた」って無表情に言った。
初め何のことか理解できんくて、は?と呆けた声がでてしまった。

だって、お前ら、あんなに、あんなに好きあってたやんか。


「もう、ええねん」


何がいいというのか。
謙也は、悲しいも苦しいも、無理やり笑う様子もなく。
不自然なくらい無表情、だった。


「謙也……、何が、あってん」


理由を聞きたい訳じゃない。
けど、謙也が。
どんなときだって、“笑顔“だった謙也が。
無理やり笑った顔が見たいわけじゃない。

けど、それ以上に。
この“無表情“が、今にも謙也が壊れてしまいそうで。


「謙也ッ!」
「もう、ええんや…ッ!」


そう叫ぶと同時に、謙也の身体が揺らいだ。


「謙也!?」


崩れ落ちる謙也の身体。
慌てて腕を掴むが、それだけで支えることは出来ず、重力に従う。
倒れてしまう前に何とか抱き留めたが、謙也は気を失っていた。
何が何かわからん。
頭が付いていかん。
これは何?
謙也、は、?
何で倒れとん。
とりあえず、


「医者…っ」


切羽詰まった声で呟くと、近くに居った奴らがざわめきたつ。
医者、車、病院、救急車?、早く、
みんながざわめく中、俺は謙也を支えることしかできんかった。
心臓が、おかしいくらい早く脈打つ。
嫌な予感がする。
謙也、
お願いやから。
目を開けて、。

俺の願いとは反するように、目が開くことはなく
変わりに閉じた目からは、一筋涙が流れた。






















謙也さんが倒れた、と。
白石先輩から連絡がきた。

俺に、行く権利はあるんやろうか。
謙也さんに会う権利は。
それでも身体は勝手に動いとって、足は勝手に走り出しとった。
先輩から聞いた病院と病室。
病院は謙也さんのお爺さんとこの、でっかい忍足病院。
病院に飛び込むように入ったら受け付けの人に
お静かに、って言われたから、早足で病室に急いだ。

忍足謙也

ネームタグで名前を確認する。
ここに来て、怖じ気づいた。
俺に、此処に居る権利は、
謙也さん、
謙也さん…

やっぱり身体が勝手に動いて、ドアをこんこんと叩いとった。
はい、と返事がきて。
一度深呼吸をしてから扉を引いた。


「財前…」


部屋には、白石先輩と、謙也さんのお母さんが居った。
先輩は俺を見ながら名前を呼んで、
謙也さんのお母さんはきゅっと唇を噛んですぐに視線を逸らした。
二人に近づくと、ベッドの中にいる謙也さんが見えた。


「急にな、倒れてん」


俺もびっくりした、と。
先輩の端正な顔が歪められる。


「蔵ノ介くん、おばさんちょっと先生と話してくるから」


何かあったらナースコール押してな、と言って、おばさんはでていった。
俺を一度見て、瞳は悲しそうに伏せられた。


「財前」
「…はい、」
「謙也と、別れたん、やってな」
「………はい」


謙也さんから聞いたんやろうか。
鋭い人やから、気付いたんかもしれん。

なんで、なんであんたが泣きそうなん。
先輩の眉間には厚く皺が寄せられて、泣くんを耐えとるような顔やった。
それだけ言って先輩は黙ってしまって、部屋は静かになった。

謙也さん。
お願いやから、目を開けて。


こんなこと出来る立場やないけど。
祈るように謙也さんの手を握った。


「……謙也?」


先輩が呟いた。
それに反応して顔を上げ、謙也さんの顔を覗き込む。
ぴくぴくと瞼が痙攣している。
謙也さん。
再びぎゅう、と手を包む。
ぴくりと震えた指。


「謙也…っ」


睫が震え、ゆっくりと瞼が開く。
意識がまだはっきりしないのか、しぱしぱとまばたきを繰り返す。
よかった、と先輩は泣きそうに笑った。


「…謙也さん、」


謙也さんの手から自分のを離そうとすると、引き止めるように手が追ってきた。
力が入らないのか、触れるだけ。


「ひかる…」


まだはっきりしない口調で呼ばれる。
まだ、貴方は俺を呼んでくれるんですね。
返事の変わりに再び手を握った。


「よかった、謙也…」


白石先輩には漸く笑みが戻っていて、俺も安心した。
謙也さんはゆっくりと視線を動かして、またまばたきを繰り返した。


「謙也…?」
「…どうしたんですか?」


白石先輩を視界に捉えたまま、まばたきを繰り返す。
まだぼんやりとした口調で、でもはっきりと、謙也さんは言った。


「誰?」






ナースコールを押して、程なくして来た医師と看護師と、謙也さんのお母さん。
いつもと変わらないきょとんとした顔で、また「誰?」と呟いた。
心因性の記憶障害、らしい。
ストレスとか、精神的な疲労が溜まってしまったんじゃないか、と言っていた。

謙也さんは、そんなにも追い込まれてたんやろうか。
でも、きっと謙也さんを追い込んだ理由に俺のことも入ってる。
自惚れかもしれんけど。
それなら、なんで謙也さんは俺のことだけを覚えとんやろう。


なんで、
なんでなん、謙也さん。
きっと俺のことだけを忘れてしまえば、よかったのに。
それなのに、俺だけを覚えとった。
覚えとってくれた。

悲しいのと苦しいのと嬉しいの。
ぜんぶごちゃまぜ。
どくどくと心臓が鳴る。

ごめんなさい、先輩。
ごめんなさい、おばさん。

俺は最高に幸せです。

あなたの世界には、俺だけ。



























謙也さんのうちに行ったとき。
アポなしで行ってしまった所為か、謙也さんはちょうど
出掛けてしまっていて居なかった。
すぐ帰ってくるやろうから待っとき、
という謙也さんのお母さんの言葉に甘えて、お邪魔させてもらった。
おばさんは、俺と謙也さんのことを知っとる。
知っとって、「謙也のことよろしくな」と言ってくれた。


「光くん、…ちょっとええ?」


謙也さんの家で、謙也さんが居らんのにおばさんと二人っていう不思議な空間。
おばさんの、悲しそうな、苦痛な表情。
何の話かわからんほど、俺は鈍くなかった。


「ごめん、ごめんね、光くん…っ」





何度も謝るおばさん。
違う、おばさんは何も悪くなんかない。
謙也さんを好きになってしまった俺が悪いんやで。
謙也さんは大事な跡取りやし
男同士なんて後ろ暗い。
一時やって、そんなんを受け入れてくれた。
ごめんなさい、ありがとう、


「別れましょう、謙也さん」


何度も頭の中でリピートした言葉はすんなりと声になって、
それでも他の言葉を言うことはできんかった。





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[ ふたりだけの世界 ]

12000打みうさまよりリクエスト頂きました光謙で記憶喪失

記憶喪失というか別れ話…汗
ぜったい誰も幸せになりませんね、これ。

気分的には大学生設定くらいで書きました。
きっと翔太(弟)が受験失敗とかでお母さんも弟も
切羽詰っちゃって〜とか考えてました。
なんという便利な弟・・・!笑
最初は全然違う感じで書いてたんですが確実長くなりそうだったので軌道修正
リクに添えてない感がバリバリなんですが・・・;
ちょっとでも気に入って頂けたらなによりです^^
リクエストありがとうございました!

20100127


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