本編
13年前
出て行けと言われたから、外に出た。
なぐられた手がずくずくと痛い。今日はなんで怒ってたんだろう。
さいきん来ていた男の人が来ないから、それが原因かな。あの人はやさしかったから、ちょっと悲しいな。
マンションの外は暗くて、本当はあんまり歩きたくない。どうしようかな。また公園にでも行こうかな。
階段を走っておりて、外に出る。寒い。手でうでをさする。足を止めて、二階を見上げる。家のドアはぴたりと閉じていた。
寒い。お腹もへった。
もうあんまり歩きたくなくて、入口のはしっこにある花だんのところに座り込む。じっとマンションの明かりに照らされる花を見る。黄色、むらさき、ピンク。
花びらでも数えてみようかなとはしっこを見た時、入口から人が出てきた。
びっくりして体をちぢこめる。変に思われないかな。大丈夫かな。
すぐに通り過ぎるかと思ったのに、その人は足を止めた。
「おい」
え?
おれ?
体がものすごく固くなる。
どうしよう。なんで?
「お前、隣のガキだろ」
そう言われて、えっと思う。
そろそろと顔を上げる。
知らない男の人がおれを見下ろしていた。
なんだか怒ってるような顔をしていて、心ぞうがどくどくと早くなる。何かしたのかな。怒られるのかな。
男の人はおれをじっと見て、もっと怒ったような顔をした。
髪の毛が真っ黒で、着ている上着と、ズボンも真っ黒でなんだかそれもこわい。
「……くそ」
小さな声にびくりと体が震えた。男の人が近付いてくる。なんで?やだ。泣きそうだ。
震えそうな体をぎゅっとだきしめたら、男の人がゆっくりしゃがんだ。
目の前にある、こわい顔。
じっと見られて、思わず下を向く。
「……おい、俺お前ん家のお隣さん。知らねぇか」
聞かれて首を振る。知らない。見たことない。
そうか、という小さな声のあと、「俺ん家くるか」と言われていっしゅん言葉がわからなくなった。
ゆっくり顔を上げる。
男の人は、じっとおれを見たままだった。
「寒ぃだろ。風邪引くぞ」
「……」
「別に誘拐なんてしねぇよ。好きなときに帰れ。どうせ隣だ」
なんで、とこぼれた言葉に、男の人はこわい顔をくずした。
困ったみたいな顔をして、手を差し出した。
「なんでかねぇ。まぁ、ずっと気になってたしな───ほら、行くぞ」
それは、こわい言葉じゃなかった。
目の前にある大きな手。おれに向けて、ただ伸ばされた手。
ちらりと顔を上げる。
笑ってるわけじゃないのに、さっきよりやさしく見える。
こわくない。
あの人より、ぜんぜんこわくない。
おれはそろりと、その大きな手に自分の手を伸ばした。
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