本編
現在
「なぁお前好きなやつとかいねぇの」
「俊也って馬鹿だよね」
「あぁ?」
ソファに座らず床に胡座をかいて、俊也はビール片手に眉を釣り上げた。ソファに座る俺を睨み上げる。
呆れる。二人でテレビを見ていて、唐突に言われた言葉。なんて愚問なんだろう。
「俊也より大事な人なんか見つかるわけがない」
テレビから目を離さず言えば、隣から深い溜息が聞こえてきた。溜息つきたいのはこっちだ。
「親と比べてんじゃねえよ……」
「もう親じゃないでしょ」
「親離れできてねぇガキが何言ってやがる」
だから、もう親じゃないのに。
ちょっとムカついて、ソファの上を移動する。俊也の真上にきて、俊也を挟むように足を下ろす。そのまままるっと俊也を抱き締めた。
「ぉあっ、おい!」
ばたばた暴れて抜け出そうとする俊也。させるかとぎゅうっと力を込める。そこそこ力はあっても俺の方が手足は長い。両手両足をくっ付けて抱え込む。
しばらくの攻防のあと、俊也は力を抜いて俺に体を預けた。
「このクソガキ……」
だらんとした俊也に俺も少し力を抜く。でもそのまま俊也を囲って目の前の黒髪を見つめる。
「ほら」
「あ?」
「俺はもう子供じゃない。体もだし、中身も」
「……」
「俺は親だからくっついてるんじゃない。俊也だから離れないんだ」
クソが、と荒っぽく呟いて俊也は沈黙した。溜息を飲み込む。
いつになったらわかってくれるのか。
人生をくれると言ったのに。
これじゃ親子ゴッコのままだ。
いや人生は長い、と自分に言い聞かせていたら、俊也が顔を上げた。
急に俊也の目が近くにきて心臓が跳ねる。
不機嫌な顔で、俊也が口を開く。
「お前、もし俺が、」
そこまで言って、俊也の目が泳ぐ。いや、と言ってゆるりと顔を下げてしまう。
なんとなくわかった。
でも聞かなかったことにした。
俊也の頭に顎を乗せて目を閉じる。
『もし、俺が誰かを好きになったら?』
『もし、俺が結婚したら?』
───お前はどうするんだ。
「……書類上に頼るかなぁ」
「あ?なんつった?つーか顎いてぇやめろ」
「そんなに痛くないでしょ」
もし、もしも俊也が誰かと幸せになるというのなら。
───その時はまた親子に戻ろう。
そうすれば、縁は切れない。
ずっと隣にいてもおかしくない。
死ぬまで、俺は俊也の側にいる。
俊也は溜息をついて大人しくテレビに視線をやる。俺もくっついたままテレビを眺める。
平穏。安穏。幸せ。
心からそう思う。
寄りかかる俊也の体温がじわりと染みる。
ねぇ、でも、俊也。
───きっと俊也も、俺以上に甘やかす人なんてこれから出会えないと思うよ。
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