本編
13年前
バタンとドアが閉まる大きな音がした。
いそいで、いそがなきゃ、はなれなきゃ。
ちゃんとはけなかったクツは走りにくいけど止まっちゃいけない。脱げそうになるクツにあせりながら、いっしょうけんめい走る。
階段をおりようと手すりにつかまったとき、ドアが開く大きな音がして体が固まる。ヒッとのどから空気がもれる。
でも後ろから聞こえてきた大きな足音に、はぁっと息を吐き出して足を止める。ぽろんと涙が出た。
「ったく、お前は……」
角からのぞいた、こわい顔。すぐに手をつかまれて引っぱられる。そのままおとなりの部屋の中に放り込まれた。がちゃんとカギをかける音を聞いて、すぅっと胸が軽くなった。
「逃げんなら俺ん家来いっつってんだろ」
低い声がして、おそるおそる振り返る。
やっぱり俊也さんがこわい顔をして立っていた。
「……ごめんなさい」
下を向いて、両手をぎゅうっとにぎりしめる。また怒らせた。ごめんなさいともう一回言ったら、かみをわしわしなでられた。
「謝んな馬鹿。ほれ上がれ」
そのまま頭を後ろに押されて、あわてて回れ右してクツを脱ぐ。ぐいぐいと頭を押されながらろうかを歩いて、奥の部屋に入った。
「座っとけ」
俊也さんの手がはなれて、後ろを向いたら俊也さんは廊下にある冷蔵庫をごそごそのぞいていた。
部屋を見回す。うちと逆のつくりがいつ来てもヘンな感じがする。あっちこっちに散らばる服や本。机の上は灰皿からこぼれた灰やぐちゃぐちゃに積まれた教科書やノートでうまっている。
散らかっていると思う。でも、うちよりぜんぜん良い。ちゃんと生活しているって感じがする。
ぼーっと部屋をながめていたら、ぺしんと頭を叩かれた。
「座っとけって言っただろうが」
低い声にあわてて机の前に座る。俊也さんもとなりに座って、ぽんっと机にシュークリームの袋を置いた。
「食え。ていうか飯食ったか」
うん、とうなずく。本当は食べてないけど。
ふぅんと小さく言って、俊也さんはごそごそタバコに火をつける。上がって行く煙を目で追っかけていたら「食えよ」とまた言われた。
そっと袋に手をのばす。
袋をやぶって、シュークリームをかじる。
ふわふわの外側と、中にはすごく甘いクリーム。一口ですごく幸せになる。
「うまいか」
うんうんうなずく。ゆっくり食べる。からっぽのお腹にじわじわと冷たくて甘いクリームが染み込んでくるみたいだ。
「それ好きか」
うなずく。もう半分なくなった。おいしいものはなくなるのが早い。
ふっと空気みたいな声がした。
はっとして顔を上げる。
俊也さんがほおづえをついて、笑っておれを見ていた。
「お前はここで出すもん全部好きじゃねえか」
好き嫌いねぇのかよ、と笑う俊也さんにちょっと考えて、うん、とうなずく。
ここで、俊也さんがくれるものは全部好き。
からあげも、しょうが焼きも、おにぎりも、カップラーメンも、チョコレートも、野菜いためも、全部おいしかった。
「ぜんぶ、好きだよ」
そう言ったら、俊也さんは「えらいねぇ」と笑った。そうかな。でも、きっとえらくはない。
ちょっと考えてから、言う。
「俊也さんがくれるならなんでもおいしいけど、ほかだったらきらいな物たくさんあるよ」
俊也さんがちょっとこわい顔になった。あれ、なんかへんな事言ったかな。
不安になって俊也さんを見ていたら、大きな手が伸びてきてがしがしと頭をなでた。びっくりしてぐらぐらと体がゆれる。
「……ったくこのガキ」
やっぱり怒ってる?
手がはなれた。ぼさぼさのかみの間から俊也さんを見る。
俊也さんは、今度は困った顔をしていた。あれ?
「もういいから早く食えよ」
あ、シュークリーム。
手に持ったままだったシュークリームと俊也さんをうろうろ見て、怒られそうだからシュークリームにかじりつく。
甘い。おいしい。
やっぱり俊也さんがくれるものは、ぜんぶ好きだ。
食べものだけじゃない。
この時間も、すごく好き。
ここにいること、しゃべること、食べること。ぜんぶを許してくれて、与えてくれる人。
俊也さんがくれるものはぜんぶ、キセキみたいに幸せなこと。
はじめて食べたシュークリームは、見た目とおんなじでやっぱりふわふわと幸せの味がした。
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