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本編
5年前





「あ?」


先を歩いていた俊也が振り返る。

桜が背中越しにたくさん見えて、花びらがたくさん舞っていて、綺麗だなと思う。

足を止めた俊也が怖い顔をして俺を見る。俺も足を止めた。

「なんつったお前」

低い声はあっちこっちで花見をしている奴らのざわめきに掻き消されそうだった。すぐ横を子供が走っていく。それを追うように花びらが舞った。

「養子縁組を切るって言った」

あんなに覚悟していたのに、いざ言ってみるとアッサリと言葉になった。
緊張もしなかった。自然と、当たり前のように穏やかだった。

俊也は怖い顔のまま黙って俺を見る。標準装備のはずなのにいつもより怒ってみえるのは、俺の願望なんだろうか。

「なんで」

冷静だな。もっと感情的になってくれればいいのに。

「俊也と親子でいたくないから」

俺も静かに言って、ああやっぱり血が繋がってなくても似るもんなのかなとぼんやり思う。

「なんで」

子供みたいに繰り返す俊也。怒ってるのは、なんでだろう。

「俺はずっと、俊也を親と思ってないよ」

少しの沈黙。そして俊也は口を歪めた。

「そんなん知ってる」

ざあっと緩やかな風が桜を散らす。ひらひら、くるくる、淡い色の花びらが舞っていく。こんなに綺麗な景色なのに、まったく似合わない話。

「最初にあんだけ駄々こねられたしな」
「うん」
「でも可もなく不可もなかっただろ。今のままでいいんじゃねえの」

可もなく不可もなく。
自分で言ってて傷付かないのかな。でも、俊也だしな。

わあっとどこかで歓声が上がる。広場の向こうへ視線をやって、花見で盛り上がる団体を眺める。陽気な春の光景は、楽しそうで羨ましい。

「……親子なんて縛り、欲しくない」

ひとり言みたいに小さな声が出た。聞こえたかな。またちょっとの沈黙のあと、「縛りか」という呟きが聞こえてきて視線を俊也に戻す。
俊也の髪がさらさら揺れている。皮肉気に歪められた口元が妙に鮮明に見える。

「盾くらいにはなっただろ」

盾。まさしく。

俊也はただひたすら俺を守ってくれた。

うん、と頷く。でも、と続ける。


「俊也には、俊也でいて欲しかった」


なんだそりゃ、と掠れた小さな声。意味わかんないかな。でも、そうなんだ。俊也は俊也のままが良い。保護者としてじゃなくて。父親としてじゃなくて。

ただの俊也として、俺の横にいて欲しかった。

それだけで、充分だったのに。

「お前は」

俊也の言葉が途中で止まる。
俺を見据える目は静かで、感じていた怒りも見えなくなっていた。その目がふと逸らされる。俺も視線を追って、立派な桜の木を見上げる。

「お前は俺とどうなりたいんだ」

耳にするりと入り込んできた声に、心臓が少し傷んだ。どうなりたいか。

俊也と、俺の関係。

不安定な、よくわからない関係。

一滴も血が繋がっていない、書類上だけの関係。

「……わかんない、けど」

溢れるように咲き乱れる桜を見ながら、泣きそうになる。この気持ちはなんなんだろう。ずっと俊也といて、その気持ちは落ち着くどころかどんどん溢れてくる。それなのに、この縛りが無理矢理ストップをかける。

お前のそれはおかしいだろうと、呪詛を吐く。

「……親子のままじゃ、俺は気が狂うと思う」

父親の俊也。
迷惑をかけないように。良い子であるように。普通の親子のように。


───もう嫌だ。


だって、俊也は俺の、



「俺はお前といれて、楽しかったけど」



はっとして、俊也を見る。

目が合う。


「苦しませただけだったか?」


静かな声。

目頭が熱くなる。


「───ちがう。そんなんじゃ……ちがうんだ」


声が震える。溢れた涙が頬を伝う感触がする。

いつだって、どんな時だって、俊也は俺を優先する。気にかける。

なんで?いいのに。ねぇ、そんな風にしないでいいんだよ。親子だから?じゃあやっぱり、親子なんてやらなくていい。


耐えきれずに下を向いて、ぽとぽと涙を地面に落とす。
苦しい。吐き出したい。でもこれがなんなのか、わからない。

目をぎゅっとつむった。それでも涙は止まらない。


ふわ、と嗅ぎ慣れた匂いがして、頭を引き寄せられた。

額に硬い感触。目を開けると、俊也の着ていたシャツが目に入った。

ただ俺の頭に手を添えて、俊也は何も言わない。

また目を閉じて、頭を肩口に押し付ける。



ごめん。俊也、ごめんね。



好きとか愛とか、この気持ちがなんなのかわからない。

もうとっくに、そういう次元じゃないから。







俊也は、あの時から俺のかみさまだから。






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あきゅろす。
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