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本編
7年前




『お前飯いらねぇなら早く連絡しろ』


思わずまじまじと画面に浮かぶ素っ気ない文字を見つめる。返信しようとして、でも何て打ったらいいかわからなくて指が止まった。

「どした?」

ポテト片手に身を乗り出してきた深山を見上げ、とりあえず画面を見せる。わざわざ読み上げ始めたから足を蹴り上げた。

「いってぇな。何これ親?」
「うん」
「んで何をお前は固まってんの」
「……これ怒ってると思う?」
「はぁ?」

深山の心底驚いた顔から、また画面に視線を戻す。メールって不便だ。感情なんか一ミリもわからない。

食べかけのグラタンをちょっとスプーンにすくい、そのまま皿に置く。携帯の画面が暗くなって、俺の顔がぼんやりと映った。

「何お前、怒られんのが怖いってか」

そんなに面白いか。ニヤついた深山を睨む。

「違う」
「いや怖がってんだろ。そんなに親こえぇの?」
「だから違う……ただ、どう怒ってんのかわかんないから」

はぁ?とまた頓狂な声を出す深山を無視してまた携帯を覗く。

携帯は沈黙したままだった。










「お前連絡入れろ馬鹿」


顔を見るなり開口一番に言われて、ただいまという言葉は喉の奥で消えた。

ソファにだらりともたれて俺を睨むさまは、確かに怒ってるけどなんだか気の抜ける姿だ。近付いて、すとんと横に座る。軽く頭を叩かれた。もう視線は膝に乗っけたパソコンに向かっていた。

「飯余分に作っただろうが。俺の労力と時間と飯がもったいねぇだろ」
「うん。ごめん」
「何食った」
「グラタン。ファミレス」
「良い選択だ。家じゃなかなか食わねぇ」
「飯何作ったの」
「生姜焼き」
「……そっちの方が良かった」

喉で笑って、「明日食え」と言われた。うん、と頷いて、それから黙ってぼんやりとパソコンを打つ手を眺める。

ぱちぱちと軽い音だけが響く部屋。骨ばった手が器用に動く。

「俊也」

ちらりと視線を向けられるのがわかって、俺も顔を上げる。不機嫌そうな顔。いつも通り。

「怒った?」

眉間が更に寄った。「お前な」と苦々しく呟かれる。

「もっとしょぼくれて聞け。そんで怒ってた。次は早く連絡しろ」

それだけ言うと、俊也はまたパソコンに視線をやった。うん、と小さくそれだけ言う。小さなぱちぱちという音を聞きながら、ソファにもたれて目を閉じる。




怒ってた。

俺が早く連絡しなかったから。


でもそれは、俊也の労力とか飯がもったいないからで。

俺が絶対に家で飯を食わないといけないからというわけではなくて。

俺がどこで誰といようとかまわなくて。




───別に、俊也は俺がいないと嫌だから怒ったわけじゃない。





「おい寝んのか。部屋行け」


目を開ける。

俊也が手を止めて顔だけこっちに向けていた。不機嫌そうな顔を見つめながら「寝ない」となんとか声を出す。

「寝そうだろ。寝んなら制服脱げ。風呂入れ」
「寝ない。いいから仕事しなよ」
「お前……。寝たら蹴落とすからな」
「うん」

溜息をついて、俊也が前を向く。薄目でぼんやりとその後ろ姿をなぞっていく。黒い少し乱れた髪。骨が浮いた首。手に合わせて揺れる肩。黒いTシャツの下にある肩甲骨。


ずっと見てきた。


見上げていたのに、いつの間にか同じ目線になった。それくらいずっと一緒にいる。

だから、何が正しくて何がいけないのかわからない。


正しい親子の形がわからない。



目を閉じる。パソコンの音だけ。静寂。

平穏。安穏。

そう、平和だ。

俊也と俺だけがいる、なんの不安もない空間。



それでも。



「おい、寝んなっつってんだろ」
「……としや」
「あぁ?」
「……なんでもない」
「このクソガキ」








それでもやっぱり、俊也と親子になんかならなければ良かった。





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