番外編
※
黒の団服を着て三日目、あの団長に呼び出された。
伝えてくれたアズマは物凄く不安な顔をしていて、何度も俺に気をつけることを教えてくれた。
「逆らわない、無駄なことを言わない、素直に頷く。腹が立っても絶対に歯向かっちゃ駄目です。絶対ですよ。化け物に逆らったらほんと死にます」
うん、わかる。逆らったらたぶん死ぬ。あいつは強かった。それに少し怖かった。だってずっと笑ってたから。
「よし……終わったら、美味しいもの食べに行きましょう」
美味しいもの。またあの食堂かな。今日は煮込み以外にも食べてみようかな、と思いながら頷く。
いってらっしゃい、と物凄く緊張したアズマに見送られて、化け物……シュラクの団長の部屋に向かった。
「小綺麗になりやがった」
前に立った途端、ぼそりと言われた。
今のは独り言だろうか。何か反応した方がいいのか。
シュラクの団長……クラシカ。
殺し損ねて、逆に殺されかけた。
それが今、同じ団服を着て向かい合っている。
本当に、不思議だ。
「どうだここは。平和呆けしてるだろ」
緑の瞳にひたと見据えられて言われる。平和呆け。確かにあっちと比べたらそうだ。
軽く頷く。だろうな、とあっさり返される。
「何よりお前がここにいる時点で平和通り越して笑い話だ。あいつのせいで平和ボケが進む」
あいつ。
アズマのことだろうか。あ、と声が漏れそうになった。
俺がいることでアズマが悪く言われるのは当たり前だ。なのに今まで考えなかった。
だってアズマがあまりにも普通だから。
どうしよう。何か、言いたい。
でも何て言ったらいいかわからなくて、口を開けて、言葉が出なくてすぐ閉じる。
団長が目を細めた。
「あれが気に入ったか」
……気に入るって、どういうことだろう。
反応しなくちゃいけない。わかんないけど、“素直に頷いて”おく。たぶん、嫌じゃないなら気に入ったということなんだろう。
団長は鼻を鳴らして視線を外した。机の引き出しを開ける。
「よくまぁ癖のある奴をタラシこむもんだ。まぁいい。本題だ」
言葉とともにガン、と机の上に放り投げられた短剣。
そして、その上をバサリと藍色が覆った。
息が詰まる。
それは、
「お前の持ちもんだ。返しといてやる」
顔を上げたら、今度は面白そうに薄く笑っていた。
また机上に視線をやる。
机の上に広がる、藍色。
久しぶりに見た気がする。俺と同じ───藍色の長い髪。
少しびっくりした。捨てられたかと思ってたのに。
手を伸ばす。
触れた髪の毛は皮膚に少しの感触を残すだけだった。
掻き分けて、下から短剣を取り出す。
一つにまとめていた髪の毛は、剣にも引っかからずさらさらと机に溢れ落ちた。
短剣を持って、団長を見る。
「これだけでいい」
団長はほう、と息にも似た声を出した。
「これはいらねぇのか」
「いらない」
「お前の血縁者だろう」
血縁者、の髪だ。
持った短剣を握り締める。これも久しぶりの感触。
簡素な短剣。でも、無いよりはマシだ。
また机の上に広がる髪を見る。
これをいじりながら覚悟を決めていた、ぼんやりした姿。
「いらない───ここで生きるから、必要ない」
ふん、とまた鼻を鳴らされた。つまらん、という呟き。
「もういい。ここで生きるならここの為に動け。出来ないなら殺す」
顔を上げて、団長を見た。本当につまらなさそうな顔をしていた。
“素直に頷く”。
元々そのつもりだ。ここの為……シュラクの為、というのは、よくわからないけど。仕事はする。
そのままじっとしていたら、ふいに団長の口の端がゆるりと上がった。
笑った。
でも、アズマのそれとは全然違う。殺されかけた時に見た嫌な笑顔。無意識に身構える。
「あいつに懐いてるなら精々ここに縛りつけておけ。あいつは元々お前と同じだ」
縛りつけて?
同じ?俺と?
よくわからない。でも、頷くべきなのか。
迷って固まっている間にまた声が上がる。
今度は明らかに愉快そうな声。
「そして懐くのは勝手だかあれは俺のものだ。お前のものにはならん」
わからない。
こいつの言ってることは全然わからない。
わからないけど。
そのままじっと団長の目を見ていたら行け、と言われて扉を指された。
すぐに背を向けて歩きだす。
アズマの顔が見たい。声が聞きたい。
少し早足になる。
“素直に頷く”ことは、結局出来なかった。
部屋を出て、しばらくぼうっと廊下に立っていた。
ふと、手に持ったままだった短剣に気付く。
しばらく眺めて、上着にしまう。胸の辺りに少しの存在感。きっとすぐ慣れる。
藍色の髪を思い出して、心の中で呟く。
待ってくれなくていい。
───こっちで待ってくれる人がいるから、そっちには、行かない。
一度、団服の上から短剣に触れた。
それから、アズマを探す為に急いで階段を駆け下りた。
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