[携帯モード] [URL送信]

番外編













黒の団服を着て三日目、あの団長に呼び出された。

伝えてくれたアズマは物凄く不安な顔をしていて、何度も俺に気をつけることを教えてくれた。



「逆らわない、無駄なことを言わない、素直に頷く。腹が立っても絶対に歯向かっちゃ駄目です。絶対ですよ。化け物に逆らったらほんと死にます」

うん、わかる。逆らったらたぶん死ぬ。あいつは強かった。それに少し怖かった。だってずっと笑ってたから。


「よし……終わったら、美味しいもの食べに行きましょう」

美味しいもの。またあの食堂かな。今日は煮込み以外にも食べてみようかな、と思いながら頷く。

いってらっしゃい、と物凄く緊張したアズマに見送られて、化け物……シュラクの団長の部屋に向かった。




「小綺麗になりやがった」

前に立った途端、ぼそりと言われた。
今のは独り言だろうか。何か反応した方がいいのか。

シュラクの団長……クラシカ。
殺し損ねて、逆に殺されかけた。

それが今、同じ団服を着て向かい合っている。
本当に、不思議だ。


「どうだここは。平和呆けしてるだろ」

緑の瞳にひたと見据えられて言われる。平和呆け。確かにあっちと比べたらそうだ。
軽く頷く。だろうな、とあっさり返される。

「何よりお前がここにいる時点で平和通り越して笑い話だ。あいつのせいで平和ボケが進む」

あいつ。
アズマのことだろうか。あ、と声が漏れそうになった。

俺がいることでアズマが悪く言われるのは当たり前だ。なのに今まで考えなかった。
だってアズマがあまりにも普通だから。

どうしよう。何か、言いたい。

でも何て言ったらいいかわからなくて、口を開けて、言葉が出なくてすぐ閉じる。
団長が目を細めた。

「あれが気に入ったか」

……気に入るって、どういうことだろう。

反応しなくちゃいけない。わかんないけど、“素直に頷いて”おく。たぶん、嫌じゃないなら気に入ったということなんだろう。
団長は鼻を鳴らして視線を外した。机の引き出しを開ける。

「よくまぁ癖のある奴をタラシこむもんだ。まぁいい。本題だ」

言葉とともにガン、と机の上に放り投げられた短剣。


そして、その上をバサリと藍色が覆った。


息が詰まる。

それは、


「お前の持ちもんだ。返しといてやる」


顔を上げたら、今度は面白そうに薄く笑っていた。
また机上に視線をやる。


机の上に広がる、藍色。

久しぶりに見た気がする。俺と同じ───藍色の長い髪。


少しびっくりした。捨てられたかと思ってたのに。


手を伸ばす。

触れた髪の毛は皮膚に少しの感触を残すだけだった。
掻き分けて、下から短剣を取り出す。

一つにまとめていた髪の毛は、剣にも引っかからずさらさらと机に溢れ落ちた。

短剣を持って、団長を見る。

「これだけでいい」

団長はほう、と息にも似た声を出した。

「これはいらねぇのか」
「いらない」
「お前の血縁者だろう」

血縁者、の髪だ。

持った短剣を握り締める。これも久しぶりの感触。
簡素な短剣。でも、無いよりはマシだ。

また机の上に広がる髪を見る。


これをいじりながら覚悟を決めていた、ぼんやりした姿。


「いらない───ここで生きるから、必要ない」


ふん、とまた鼻を鳴らされた。つまらん、という呟き。

「もういい。ここで生きるならここの為に動け。出来ないなら殺す」

顔を上げて、団長を見た。本当につまらなさそうな顔をしていた。

“素直に頷く”。

元々そのつもりだ。ここの為……シュラクの為、というのは、よくわからないけど。仕事はする。

そのままじっとしていたら、ふいに団長の口の端がゆるりと上がった。
笑った。
でも、アズマのそれとは全然違う。殺されかけた時に見た嫌な笑顔。無意識に身構える。


「あいつに懐いてるなら精々ここに縛りつけておけ。あいつは元々お前と同じだ」

縛りつけて?

同じ?俺と?

よくわからない。でも、頷くべきなのか。
迷って固まっている間にまた声が上がる。
今度は明らかに愉快そうな声。


「そして懐くのは勝手だかあれは俺のものだ。お前のものにはならん」


わからない。

こいつの言ってることは全然わからない。

わからないけど。


そのままじっと団長の目を見ていたら行け、と言われて扉を指された。

すぐに背を向けて歩きだす。
アズマの顔が見たい。声が聞きたい。
少し早足になる。



“素直に頷く”ことは、結局出来なかった。



部屋を出て、しばらくぼうっと廊下に立っていた。

ふと、手に持ったままだった短剣に気付く。

しばらく眺めて、上着にしまう。胸の辺りに少しの存在感。きっとすぐ慣れる。

藍色の髪を思い出して、心の中で呟く。



待ってくれなくていい。


───こっちで待ってくれる人がいるから、そっちには、行かない。




一度、団服の上から短剣に触れた。



それから、アズマを探す為に急いで階段を駆け下りた。





[*前へ]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!