番外編
6
毎日ちゃんとご飯を食べて、綺麗な寝床で寝て、体を洗って、悪い奴らを捕まえて。
日に日に体に肉が付いていく。それなのに動きが軽くなって、頭もはっきりしてきた。
綺麗な髪なんだから毎日梳けと、櫛ももらった。
絡まるところがなくなって、自分の髪じゃないみたいにさらさらになった。
もう長い髪も必要ないし切ろうかと思ってたけど、アズマが「綺麗になったなぁ」と目を細めて俺の髪を見てくるから、やっぱりやめにした。
休みと言われた日。
何をすればいいかわからなくて、部屋の寝床の上でただじっとしていた。
休むって、何すればいいんだろう。ここは明るいし、疲れるほど動いてないから寝るにも寝れない。
あったかいし、敷物は綺麗だし、ウトウトしそうになるけど。でもなんか、慣れない。
ゆっくり休んでと言ったアズマ。
……休みって何をするのか、明日聞いてみようか。
キシ、と遠くで音がした。
反射で起き上がる。手を伸ばしかけて、武器が無いことを思い出した。そのままの姿勢で止まって、耳を澄まして音を拾う。
階段が軋む音。小さな足音。静かな歩き方。
あ、大丈夫だ。
ふっと体から力を抜いて、寝床からゴソゴソ下りる。
立ち上がったのと扉が叩かれるのは一緒だった。
「カルバ、あー、カルヴァイスさん、いますか?」
返事はしないでパッと扉を開けた。
目を丸くしたアズマが俺を見上げていて、おかしくなった。
「うわびっくりしたー」
そう言って、「今いいですか?」と少し笑って言うアズマ。頷く。
アズマはきっちり団服を着ていた。仕事なのかな。何しに来たんだろう。
「これ、出来ました」
これ?
アズマが腕に掛けていたものを広げる。
ばさりと掲げられた、黒の服。
シュラクの団服。
「見回りついでに見に行ったらもう出来てました。早かったですね」
はい、と差し出されるそれ。受け取って、まじまじと団服を見る。真新しい綺麗な布。
「ちゃんと測ったんだから大きさは大丈夫だと思いますけど」
そうか。この前、測った。あれはこれを作る為。
俺の為の団服。
手に持ったそれがずしりと重く感じる。顔を上げたら、目が合ったアズマがへらりと笑った。
なんとなくそうした方がいい気がして、上着の留め具を外して、羽織ってみる。
重く感じたそれは、ふわりと肩に乗った。
「おお……似合いますね」
アズマが嬉しそうに言う。
似合う。
敵だったシュラクの団服。殺せと言われてきた、黒の団服。
でも、俺の為に作ってくれた。
「明日からはそれ着て下さいね。あと相談、というかお願いなんですが」
見下ろしていた団服から、顔を上げる。
アズマはちょっと眉を下げて、言いにくそうに口を動かした。
「すごく申し訳ないんですが、名前が、どうしても言いにくくてですね……カル、って呼んでもいいですか」
名前。
カル?
不思議な響き。ちょっとしか変わらないのに。
俺の、名前。
カル。
「いいよ」
「え、本当ですか」
「うん。前の名前は捨てる」
「……は!?いや、そんな、」
「ここで暮らすなら、そっちの方がいい」
どうせ滅多に呼ばれることもなかった。
じっとアズマを見ていたら、アズマが眉間の皺を深くした。それから「わかりました」と静かに言う。
「まぁ、捨てるかはとにかく、呼び名はカルで……皆にも言っておきます」
「うん」
「……これから宜しくお願いします、カル」
眉間の皺がなくなる。ふっと笑ったアズマ。
俺に向かって笑ってくれる。ちゃんと目を見て、“俺”を見てくれる。不思議だ。胸のところがざわざわする。
ご飯も部屋も服も、名前も。色んなものをくれた。
一緒に歩いてくれて、待っていてくれる。
生きることを許してくれた。
この子がいなかったら、俺はもうとっくに死んでいた。
この子が俺の世界をどんどん変えていく。
ずっと一緒にいたら、まだ変わっていくんだろうか。“楽しい”ことが、わかるんだろうか。
「アズマ」
「はい?」
「……休みって、何すればいいの?」
「え……えー。また難しいことを……とりあえず、何にも考えずダラダラして、美味しいもの食べて……?うーん」
変な顔をしたアズマは一生懸命言葉を探してくれる。全部全部、俺の為。
「……とりあえず、仕事終わったら夜ご飯食べに行きましょうか。また迎えにきます」
うん、と頷く。アズマは笑う。俺の為に。
「じゃあまた後で。カル」
カル。
俺の名前。
アズマがくれた新しい名前。
───シュラクで生きる、俺の名前。
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