番外編
3
すごいうるさい店員にあっちこっち測られて、信じられないくらい体力を消耗した。
無視したら「お?無視すんなよコラ。しゃべれ。何か面白いこと言え」と無茶苦茶なことを言ってくる。対応がわからない。
少年は面白そうにこっちを見ていて少しだけ殺意が湧いた。
「んじゃあ、十……いや、七日でいいや。それまでには終わらせる」
「え、早くないですか」
「今そんな仕事溜まってねぇし。それに団員様は優先だ……早くこっちの服着せてやりてぇだろ」
ふふんと自慢気に笑う店員に、少年は少し黙る。
それから深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……ちょっとお礼弾みます」
「お?アズマが一晩相手してくれりゃあ別にいいけど」
「あんたはそういうところが無ければ大いに尊敬するんですけどねぇ」
ははは、と空笑いをする少年は、少し怖かった。
来た道を戻って、寮だという建物に案内された。少年もここに住んでいるらしい。静かで良いと笑って言った。
「あなたもここに住んでもらいます。俺の部屋は二階で、あなたは三階。今は……多分四人くらいかな、他に住んでるの」
「……部屋?」
「はい。まぁ狭いし何にもないですが」
部屋。……俺の?
何も言えない俺を放って、少年が建物の中に入っていく。階段を上って、三階の一番奥へと進む。ささくれた木の扉。
「ここです。えーっと」
ごそごそ服を漁った少年が振り返る。
「はい、これが鍵」
鍵。
差し出された小さな鍵に手を伸ばす。手のひらに落とされたそれは、見た目の割にしっかりとした重さがあった。
じっと鍵を見ていれば、「開けてください」と促された。
神経を澄ませても中から気配はしない。ゆっくりと慎重に鍵を差し入れる。変な引っかかりもなく、すんなり鍵が回る。
引き手を掴む。ゆっくりと扉を引く。
普通だ。
寝床と、机と、棚がある。それだけ。埃が舞ったのか少し鼻がむずむずした。
「掃除は自分でお願いします」
部屋を覗いた少年は嫌そうに顔をしかめて言う。掃除って。
「……充分綺麗だけど」
「……ここにも基準がおかしい奴がいた」
おかしい、のか。
だって、陽の光は入るし、ちゃんと寝れるし、汚れてないし、臭くないし。
血の匂いも、しない。
「まぁ好きに使ってくれていいですよ。さしあたり必要なものはありますか?買いに行きますけど」
咄嗟に首を振る。寝られれば充分だ。
それに買いに行くって。
「俺お金無いよ」
身一つでここまで来た。金なんて無い。
部屋の中から視線を落とせば、少年はふふんと口の端を上げた。そしてごそごそと団服の上着を漁り出す。
「もちろん給金は出ます。ま、今回は前払いですね。服も何もないでしょうし」
はい、とあっさり麻の小袋を差し出してくる。ちゃり、と鈍い音がした。金だ。多くもないけど、少なくもない。
今度こそ、絶句する。
手に持った鍵を握り締める。
部屋、金。見たことないほど普通の部屋を与えて。鍵まで渡して。金もくれて。
なんで?
変だ。だって俺にこんなことして何になる。
少年が笑うのをやめた。まじまじと俺の顔を覗き込んでくる。近い。真っ黒の、まん丸い目。ゆらゆらと俺の影が映り込む。
「こういうのは……ここの生活は、今までとどうですか。上ですか、下ですか」
上と、下。
よくわからない。ここが……町の様子とか、この部屋の感じとか、この少年の態度とか、違いすぎて。
あれが普通だった俺からしたら、ここは未知すぎて。全部初めてで。
「……わかんない」
ぽろりと出た言葉に、少年はきょとんとして、それから目を細めて笑った。
「そうですか。まぁ、そうか」
パッと顔をそらして、部屋の中に入って行く少年。窓に向かって手を伸ばす。がちゃりと重い音がして窓が開く。
弱い風が吹き込んで、頬を撫でた。
「……慣れたらいいですよ。ここを普通にしたら、そんなに悪くないですよ」
小さな声だったけど、ちゃんと聞こえた。
なんでかその小さな背中が更に小さく見えて、不思議だった。
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