本編
6
引きこもり続けて二年。
行ったことがあるのはシューナだけ。
王都なんてもちろん行ったことはない。場所さえ知らない。
王太子だって名前も顔も知らない。そもそも王も知らない。
そんな世間知らずな俺が何をどうタラし込むっつーんだ。
「ちが、俺知りませんよ!?俺何もしてないし、そん、王子様とか会ったことないし!」
「何かしたからこうなったんだろ死ね」
やだ死ねない。こんな理不尽なことで死ねない。
「いやいやいや、本当に、ちょっと、ちょっと待って下さい……王都って……まず王太子って、誰ですか」
「ラクーナ皇太子殿下。シュリカ第一王子。名前くらい知っておけ馬鹿が」
微動だにせず、そのくせ目だけは爛々とさせてクラシカはすぐに口を開く。
無茶苦茶だ。知ってたら知ってたで多分怒るくせに。
つーか本当に知らない。ラクーナ?誰だよ。初めて聞いたわ。ファンタジーな第一王子なんて、雲の上の存在じゃねぇか。
「……あの、人違いじゃ」
「シュラク第三隊隊長アズマを寄越せと言われて間違いだと?」
「……だってじゃあなんで、」
「俺が聞いてるクソガキ」
にべもない。
なんで。どうして。
記憶を引っ掻き回しても掠りもしない。
そんな会ったこともない王太子がわざわざ俺に会いたいという。どういうことだ?
皇太子。王都からの指名。
……王都、といえば。
そうだ。昨日の、キエラの。
「……俺の、存在が怪しまれてるってことは、」
「あ?」
「……最初、俺のことを王都に報告してたんでしょう。ラバエラと関係があると、また疑われているとか」
ヒヤリとする。もしそうなら捕まる可能性もある。何をされるかわかったもんじゃない。
そんな俺の不安を吹き飛ばすように、クラシカは心底馬鹿にしたような顔で「そんな暇なことするか」とアッサリ言った。
「お前は馬鹿か。それごときで王太子が直々に出てくるわけねぇだろ。そもそも、疑うなら最たるヤツがいるだろうが」
「え」
「イカレ野郎とお前くらいなら俺で充分潰せる。そんなことで王都は動かん」
あ、なるほど。そうか、カルか。
潰せる発言にゾッとしたものの、内容は至極納得出来る。
じゃあやっぱり、呼び出される理由はサッパリわからない。お手上げだ。
チッとクラシカが舌打ちをする。「本当に心当たりはねぇのか」と低い声で聞かれて高速で頷く。
「クソが」
「あの、理由については書かれ……てないですよねー」
ギラリと睨まれて明後日の方を向く。書かれてたらこんなことしてないですよねー。
「……ちなみに出立は」
「……王都から迎えが来次第、すぐだ」
迎えまで寄越すのか。もうだめだ。そんなん逃げられん。
はぁ、と重い溜息をつく。迎えが来るまでそう時間はかからないだろう。
王都まで……確か二日か、三日?うわ嫌だ。
「だる……」
「おい」
「あぁはい」
めちゃくちゃダレた声が出た。クラシカの眼光が更に強くなる。
「行く気か」
「え、拒否出来るんですか」
「出来る訳ねぇだろクソが」
「だってじゃあ行くしかないじゃないですか……」
俺今日何回クソって言われてるんだ。
クラシカが眉間を寄せたまま視線を下げる。考え込むポーズに呆れた視線をやる。
「さすがに王都……皇太子の命令はどうにも出来ないんでは?」
シューナの時もこいつは王都から“俺を帰還させる”許可を取った。何かしら王都との繋がりはあるんだろう。でも今回は訳が違う。
クラシカが心底不機嫌な顔を上げた。
「あのクソガキ個人だけならどうとでも出来る」
「え」
「ただ、今回は“皇太子”としての正式な要請だ……俺にはどうにも出来ん」
さらっと言われた言葉に絶句する。
クソガキって……皇太子か?もしや知り合いなのか。個人的にならどうとでも出来るってこと?なにそれ。こいつまじで何なの?
触れちゃいけない気がして黙り込む。クラシカもまた沈黙してしまって、ひんやりした空気が部屋に漂う。
……王都。顔も知らない皇太子。
たぶん、捕まるようなことはない、と思いたい。捕まえるならあっちからやってくるはず。そんでわざわざ事前に知らせることもないだろう。
ああ、今度は皆にちゃんと知らせておかないと。カルが爆発しそうで怖い。
……あと、一歩。どうしよう。
心配過ぎてハゲそうだと憂鬱になっていたら、「お前」と声が掛けられてはっとする。
バチっとクラシカの強い視線とかち合って、ひくりと顔が引き攣った。
え、なにこの嫌な予感。
固まる俺を無視して、赤い唇が動く。
「死ぬか」
「……は、」
……し?
「お前を殺せば話は早い」
…………こ……え、は、ん?
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