本編
5
「チビでガキですけど馬鹿ではないです」
「……突然なんだ。ついに狂ったか」
ついにってなんだついにって。
まぁ珍しく驚いた、というか若干引いた顔が見れたから良しとしよう。「いえ別に」とサラッと流して改めて背筋を伸ばす。
「で、なんでしょう」
久しぶりの呼び出しである。
一歩の事でてんやわんやで、こいつと会うのも久しぶりだ。
なんだかんだあの夜から十日くらい経つんだなぁと速攻で不機嫌な顔になったクラシカを眺めていたら舌打ちをされた。相変わらずである。椅子にだらしなく座ったクラシカはじろりと俺を睨んでくる。
「……今、サリトのところだと?」
「……弟ですか」
ルゼルトあたりから報告がいったか。こっちも相変わらずだな。
素直に頷いたところであ、と気付く。
「すみません、報告するべきでした。忘れてました」
「……てめぇ最近調子乗ってねぇか」
いやまじでうっかり。
一瞬焦ったけど、クラシカは特に反応しなかったから肩の力を抜く。
というか。
「お疲れですね」
不機嫌……というよりなんか、覇気がない気がする。なんとなくだけど。何より一を百で返すような意地の悪さが無い。
そして半眼のクラシカが素直に「ああ」と呟くもんだからびっくりして顎が落ちるかと思った。
「え、ちょっと、えぇ……?どうしたんですか」
「俺が疲れてたらおかしいかクソガキ」
「いやいやいやそんな事はないですけれども」
だってこんな素直な態度見たことない。気持ち悪い。不吉だ。
熱でもあんのかと凝視してたら、クラシカが半眼のままふっかい溜息をついた。溜息だと?えぇ?
「……それは使えそうなのか」
「あ?……あ、弟ですか?」
やべぇ思わずヤンキーみたいな返事しちゃったよ。クラシカは無言。ということは正解か。様子がおかしいクラシカに驚きつつ、なんとか言葉を絞り出す。
使える……どうだろう。
「……今のところ慣れるので精一杯ですけど、サリトさんも何も言わないですし、なんとかやってますね」
使えないとか邪魔なら、サリトさんはすぐ放り出すと思う。教え甲斐はあるとも言ってたし、とりあえずは合格なんじゃないかな。
ふぅん、とさして興味のないような返事をしながら、じっと俺を見てくるクラシカ。
なんだ?やっぱり今日はどっかおかしい。
「あの、」
「ここに入れるつもりはねぇんだろ」
「……え」
ここ。
……警護団、に入れるということか。
もちろんそんな気はこれっぽっちもない。さすがに一歩もこればっかりは無理だ。断言できる。
「……はい」
小さく頷くと、クラシカは微動だにせず、薄く口を開いた。
「入団させる気がないならさっさと追い出せ」
……は?
「……なん、」
「戦力にならんのならいなくても同じだ。使えないならいらん」
いらん、だと?
なんでいきなり……はぁ?
「好きにしろと、言いましたよね?」
思ったより低い声が出てちょっとびっくりした。でも構わずクラシカをじっと見る。
表情を崩しもせず、クラシカは「言った」と認める。
「なら、」
「それはここと関係ないところでの話だ。ここ以外なら別にどうとでもしろ」
「でも、」
「うるさい黙れ犯すぞ」
ぐ、と出かけた声が詰まる。
久しぶりに聞いた気がする。前ほど怖くないけど、反射で震える。咄嗟に目を逸らして床を睨む。
……嫌だ。せっかく一歩も頑張ってるのに。そもそも他のところで働かすなんて危なすぎる。俺の目の届くところじゃないとまだ無理だ。
違反ではないはず。ただの手伝いだ。給金をもらってるわけでもない。
そう食い下がろうと顔を上げたら、じっと俺を見ているクラシカと目が合った。
グリーンの瞳は冷ややかで、いつも通りのはず。だけど。
やっぱり、おかしい。
「……何かあったんですか」
するりと出た言葉に、ぴくりとクラシカの目が動いた。そのまま沈黙するクラシカにざわざわと胸が騒ぐ。
「何かあったから呼び出したんじゃないんですか」
まさかわざわざ一歩のことを聞く為じゃないだろう。いや、一歩にも関係あるのか?
クラシカが眉間を寄せる。チッと盛大な舌打ち。
その口が開くのがやけにゆっくりに見えて、心臓がドクドクいうのが聞こえだす。
何を言われる?何かあったのか、それとも、
「……お前が無駄に目立つからだ」
は?
「お前がうろちょろするから変に目立つ。阿保なのか」
……え、ちょっとちょっと。
「そもそも存在が目立つ。くそが。行動くらい大人しく出来ねぇのか」
「……いや、あの」
「チビガキのくせに目立つ。なんだそりゃ。阿保か」
チビガキだとコラ。
……前もなんかこんなこと言われた。存在が目立つって、もうどうしようもねぇじゃん。
すげぇデジャヴ、と思いながら反論出来ずに黙る。
クラシカはまた「くそが」と呟いて金髪を乱暴に掻き上げた。そのまま目を閉じるもんだからおい、と声が出そうになった。まさか俺の悪口だけで終わらす気か。
「ちょ、」
「王都から指名だ」
「……は」
何……今なんと?
クラシカが目を開ける。
金髪の間からのぞくグリーンの瞳と目が合う。
「お前と面会希望だそうだ。一度王都に来いと……王太子直々の命だ」
……おう?
おうたいし?
王太子?
が、面会希望?
……え、なんで。王太子って、王子ってこと?誰だそれ。名前も知らない。
……俺?なんで?
あんまりなことに思考が停止してぽかんとクラシカを見ていたら、スッとクラシカの目が細まった。
びく、と固まった体が震える。
やばい。なんかわかんないけど、全然状況についていけないけど。
「───今度はどうやってタラし込んだ」
ドスの効いた声に血の気が引く。
久々に「あ、死んだ」と死を覚悟した。
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