本編 4 「飲めんじゃん弟」 「飲めたね。潰れたけど」 「あんだけ飲めばなぁ」 笑いながら「よっと」とフィーを背負うキエラをジト目で睨んで、俺も一歩を肩に担ぐ。 一歩もフィーも眉間のシワがすごい。たまに苦しそうに呻くけど、吐くまではなかった。 おやじに結構な額の支払いをして、「まいど」と機嫌の良い声に見送られて暗い夜道に出る。まだ遅いとは言えない時間で、そこここに酔っ払いがいた。 一歩が重くてよろよろ歩く俺と違って、キエラは余裕でフィーを担いでいてちょっと恨めしい。 「大丈夫か?変わるか?」 「アズマ、俺背負うよ?」 「いい。あんま変わんないでしょ。カルもありがとう」 カルは不満そうにしながら引き下がり、そりゃそうか、とキエラが呟く。それからちょっと笑った気配がした。 「やっぱ兄弟だな」 「は?」 「弟、酒まずそうに飲んでるくせに量は飲めんだろ。お前もそうじゃん」 「……まぁ、そうだな」 酒を美味しいと思ったことはあんまり無い。 一歩も最初は強い酒に咳き込んでまずそうな顔をしてたけど、結局フィーと喧嘩しながらガバガバ飲んでしまった。 「慣れてないしあんまり飲ませたくなかったんだけど」 「フィーが煽ったからなぁ。自分も潰れてちゃ意味ねぇのにな」 「ほんとだよ。明日絶対二日酔いじゃん」 「だろうな。ていうかおまえらんとこ、全然酒飲まねぇの?」 どきりとする。 それから、いちいち身構えてしまう自分に舌打ちしたくなった。 『帰るのもお前の意思ひとつなんじゃねぇのか』 『お前が帰りたくないって思うようにする』 ───知るわけない。大丈夫。ただの世間話だ。 気を取り直して、一歩を担ぎ直しながら返事をする。 「親があんまり飲まなかったから、俺らも全然飲んでなかったな」 「へぇ。周りに飲ませられなかったのかよ」 「……うちすごい田舎だったから、飲み屋とかもあんまりなかったし」 くそ、「お酒は二十歳からだったから」って言えたらすぐ終わるのに。 ふぅん、と普通に返事をするキエラにどぎまぎしながら歩く。意識があるのかないのか、一歩はほとんど俺に引きずられるように歩いている。呼びかけたら唸るから、一応起きてるんだろうか。大量に水は飲ませたけど大丈夫かな。 「……明日起きれるかな」 「無理かもな。まぁ、休ませてもいいんじゃね?ずっとサリトさんのとこ行ってんだろ」 「いや、俺はいいんだけどね。一歩は行くって言いそうだから」 なんせド真面目だから。 思いのほか呆れた声が出て、キエラがふっと笑う気配がした。 なんだ、と横に顔を向けたらキエラは前を向いたままで、ぼんやりした輪郭しかわからない。 「お前ら、やっぱ不思議だよなぁ」 え、と声が漏れるのと同時にキエラがこっちを向いた。やっぱり表情はわからない。歩く速度が遅くなる。 「お前だけの時は、なんつーか……今思えば現実味なかったんだよなぁ」 独り言みたいな声色。ドキドキとまた心臓が早くなる。 「……どういうこと?」 うーん、とキエラがのんびり声を出して、その声が怖くないことにすごくホッとする。 「お前みたいなやついないだろ。言っとくけど、ここじゃお前本当に珍しいんだからな」 「……そんなに?」 「おう。ここでお前知らない奴はいねぇと思うし、たぶん王都の一部も認識はしてるぞ」 今なんと。 王都、だと? 突然の規模のでかさに絶句していたら、キエラの小さな笑い声がした。「まぁそれはいいんだけど」と続ける。いや全然よくない。 「突然ここに来たし、夢みてぇな感じだったんだろうな。弟が来て、二人見てたらなんか、ようやく現実だって思えたっつうか……あー、ここにいるなって」 呆ける俺を無視したまま一人うん、と頷くキエラ。 「まぁ、あんなこと言っといてなんだけど、弟が来て良かったよ。お前も楽しそうだし」 ……この男は。 「……なんでキエラはこうなんだ」 「は?んだよ」 「褒めてるよくそ。この兄貴。ばか」 「おい、悪口がよくわかんねぇことになってんぞ」 「うるさいばか」 「アズマ?大丈夫?」 「おいカル俺は被害者だからな」 照れ隠しだよばか。 カルの素直さとはまた違う。キエラはいつもサラッと、俺が喜ぶようなことを言う。 なんだよ、どうやったらこんな男が出来上がるんだ。 ひとつゴホンと咳をして、心配そうに俺を覗き込んでくるカルに笑う。気を取り直して、文句を言うキエラに「王都ってなに?」と聞いてみる。 「は?……ああ。お前が来た時な、一応王都にも知らせてるし、クラシカさんがしばらくは報告もしてたんだよ」 「はぁ?」 「だってお前、ラバエラとやばいことになってんのにいきなり来たのがお前だぞ?怪しむに決まってんだろ」 「……そりゃそうですね」 「ま、すぐ疑いは晴れたけどな。クラシカさんがぶった切ってた」 ぶった切った……え、上に楯突いたってこと? 俺の疑問を察したように、キエラはすぐ続ける。 笑いを堪えるような声で。 「“あいつはただの馬鹿な世間知らずのチビガキだ。疑うだけ時間の無駄だ”って、報告書にさらっと書いてたぞ」 ……あの金パ、頭おかしいんじゃないの? うちの調書嫌いはそもそも上がおかしいからだった。無理だ。なおんねぇわ。 . [*前へ][次へ#] [戻る] |